■悪魔憑きは「未知の言語を話す」ことも

 とはいえ、まだ田中さんは悪魔の可能性を捨てていなかった。十字架は、悪魔の識別要件の一つだが、悪魔が演技をしているとも考えられた。

「悪魔憑きかどうかを判断する点は、他にもあります。未知の言語を話す。本人が知らない内容の会話を理解する。目の前にないものを言い当てる。身体能力以上の怪力を発するなど。

 しかし、どれも男性には当てはまりませんでした。ならば、別人格が口にしたことは、すべて実際の本人の体験から来ているのではないか。

 後日、両親にお話を伺うと、男性は一時期、自殺を考えるほど追い込まれた過去があったそうです。精神科の受診歴もありましたが、治療の効果を得られていませんでした。日を改めて再び悪魔祓いの儀式を行いましたが、反応は一度目と、ほぼ同じ。悪魔の識別要件に当てはまることも起きず、私は、男性に悪魔は憑いていないと判断しました」

 田中さんが信頼する精神科医に男性を診てもらったところ、男性には精神疾患が認められた。

 とはいえ、儀式で男性には別人格が現れた。あれは一体、何だったのか。

「精神疾患がある場合、見知らぬ言語による祈祷に驚き、トゥレット症やチック症などを起こしてしまう方が多いんです。口や体が勝手に動いてしまう、こうした症状は、昔は悪魔の病気と言われていたそうです。

 私はこれまで3回、悪魔祓いを行いましたが、儀式をした方は、すべて精神疾患の方でした。とはいえ、対象者が本当に苦しんでいることに変わりはありません。

 苦しみの原因が精神疾患だった場合、彼らに必要なのは儀式ではなく治療です。

 ただ、それを本人に受け入れてもらわないといけない。いつまでも悪魔のせいにしていれば、治るものも治りません」

取材・文/吉原一憲

【後編】では、娘が「おかしくなった」と感じた父親が、悪魔祓いについて知り、聖書を読み聞かせてみたところ、ミッションスクールに通ったこともない娘が「その続きを全部しゃべった」事例など、田中さんが相談を受けた不思議な現象などについても明かしている。《【後編】はこちらから》

田中昇(たなか・のぼる)
1976年、埼玉県出身。2001年、早稲田大学大学院理工学研究科修了(工学修士)。三菱化学に入社し、最新のゲノム創薬研究を行っていたが、科学技術至上主義的な生き方に疑問を持ち、退社。10年に日本カトリック神学院を卒業して東京教区司祭として叙階される。14年、ローマ教皇庁立ウルバノ大学にて教会法学教授資格(教会法学修士号)を取得、東京区教会裁判所裁判官となる。23年より、カトリック豊島教会主任司祭。