■初の代表入りで感じた 愛国心と誇りの重要性
私が初めて日の丸を背負った1990年アジア大会の頃も、「代表とは、いったい何か」という問いかけをしなければならない状況でした。当時のチームは愛国心や日本人の誇りに欠けた部分があり、正直、ガッカリしました。確かに日当が1万円以下で、環境的にも恵まれていなかったので、「何のためにやっているのか分からない」と感じた選手もいたのも事実でしょう。
それでも、私は国を背負って戦う以上、どういう事情があってもベストを尽くさなければいけないという意識が強かったんです。日本人のプライドを持って戦うことの重要性を監督の横山謙三さんも理解し、柱谷哲二さんや堀池巧さん、浅野哲也さん、勝矢寿久さんといった闘争心あふれるメンバーを招集。タフに戦える集団を作っていきました。
やはり、「代表のために戦えるのか」「日本のために戦えるのか」というベースがないと、勝てる代表にはならない。そこは強調したい点です。
森保監督が愛国心を重視する姿勢には心から共感します。今回の代表は国際経験豊富な選手たちが、日本のために惜しみなくハードワークできる集団。だからこそ、上まで勝ち上がれると私は信じています。
ラモス瑠偉(らもす・るい)
1957年2月9日生まれ。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ出身。77年に来日し、読売サッカークラブ(東京ヴェルディの前身)でプレー。攻撃の核として5度の日本リーグ優勝に貢献し、得点王を2回、アシスト王を3回獲得した。93年にスタートしたJリーグでもヴェルディ川崎の中心選手として活躍。チームを初代王者、さらに連覇に導くとともに、自身は2年連続でベストイレブンに選出されるなど、Jリーグの草創期を支えた。89年に日本に帰化して日本代表でもプレー。司令塔としてアジアカップ初優勝をもたらし、94年W杯予選でもチームをけん引したが、あと一歩というところで本大会の出場権を逃した。98年に現役引退。指導者としては古巣の東京VとFC岐阜で指揮を執り、ビーチサッカー日本代表の監督としてW杯で世界を凌駕する活躍を見せた。国際Aマッチ通算32試合1得点。2018年、日本サッカー殿堂入り。
ラモス瑠偉公式サイト:http://www.ramos.jp/
(本連載取材協力:KAKU SPORTS OFFICE)