■ベテランの一振りが持つ若手への波及効果

 ただ、いくら大学・社会人出身といえど、そこはまだ経験の浅いルーキー。

 橋上秀樹監督代行の3歳上で、同じく“野村ID”の薫陶を受けた野球解説者の秦真司氏は、「育成を急ぎすぎではないか」と、こんな危惧も口にする。

「竹丸のことはアマ時代から見ているが、彼は高校では4番手、大学でも2、3番手と、一度もフル回転をしたことがない。これから迎える夏場以降は、新人にとって未知の領域。タイプ的に使い減りしないのは間違いないが、ちょっと飛ばしすぎな気もします」

 そんな秦氏も、「投手陣の立て直しにはメドがついた。今後の肝は、やはりオフェンス」と言う。

 6月10日の楽天戦では、戸郷翔征(26)が14奪三振で655日ぶりの完封勝利を収め、完全復活。チームも阪神を逆転し、首位に立った。

 後半戦を前に先発陣が整ったのは朗報。あとは打力ということになる。

「その意味でも、右投手のときは丸佳浩(37)、左相手には坂本勇人(37)といった意図を持った適材適所の起用は評価できる。そこでベテランが、しっかり結果を出せば、チーム内競争も活性化しますしね」(秦氏)

 こうした狙いがズバリ的中したのが、6月3日の本拠地でのオリックス戦。8回裏に代打で登場した丸の劇的すぎる逆転満塁弾だ。

 折しも、この日は故・長嶋茂雄終身名誉監督の一周忌。“FOR3VER”と銘打って行われたメモリアル試合でもあったのだから、なおさら効果はテキメンだったに違いない。

「全盛期と同等の活躍は望めずとも、ベテランの一振りが持つ若手への波及効果は計り知れない。個人的には、昨季のCSなども長野久義を使うべきだったと今でも思っていますよ。

 仮に凡退でも、ファンの納得度からしてリチャード(26)なんかとは全然、違ったでしょうからね」(前同)

 普段は辛口の評論家たちからも、まずまずの評価を受けている橋上代行。シーズンが終了した時点で、どんな評価に変わっているかが見ものだ。

【後編】橋上秀樹監督代行の機動力を重視する戦略に欠かせない川相昌弘コーチの存在感や、自身も監督経験のある独立リーグから這い上がってきた“橋上チルドレン”たちへの期待度など、“大逆転V”を実現するための条件を詳報する。《【後編】はこちらから》

伊原春樹(いはら・はるき)
1949年1月18日、広島県甲奴郡上下町(現・府中市)生まれ。北川工高(現・府中東高)から芝浦工大を経て、ドラフト2位で71年西鉄ライオンズに入団し、内野手として活躍。76年から巨人に移籍したが、78年にライオンズ復帰。80年限りで現役を引退し、翌年から99年まで西武で守備走塁コーチなどを務め、黄金時代を築いたチームの名3塁コーチとして勝利に貢献。2000年の阪神コーチ、01年の西武コーチを経て、02年に西武監督就任1年目でリーグ優勝を果たす。04年にはオリックス監督、07年から10年まで巨人ヘッドコーチ。14年の西武監督など歴任し、通算14回のリーグ優勝、7回の日本一を経験している。

秦真司(はた・しんじ)
1962年7月29日生まれ。徳島県鳴門市出身。鳴門高等学校から法政大学に進学。84年、大学4年生のときに日本代表としてロサンゼルスオリンピックに出場し、金メダルを獲得。翌年ヤクルトスワローズに入団し、88年に正捕手の座を掴んだ。古田敦也選手の入団後は外野手に転向し、勝負強い打撃でチームに貢献。ヤクルトスワローズが6年間で4度の日本一(92~97年)に輝いた黄金時代に選手会長を務めるなど(93年)中心選手として活躍した。その後、日本ハムと千葉ロッテを経て、引退後は千葉ロッテの打撃コーチや中日ドラゴンズのコーチも務めた。2008年には独立リーグ・群馬ダイヤモンドペガサス監督に就任。読売ジャイアンツでは、一軍と三軍でバッテリーコーチを経験している。