■活躍待たれる橋上チルドレン

 となれば、まもなく始まる後半戦。橋上巨人は、いかに戦うべきなのか。

“外様に厳しい”巨人特有の事情を踏まえ、前出の伊原春樹氏は、こう続ける。

「メッツ3Aの左腕セベリーノ(31)を新たに獲得した阪神のような追加の補強も今季は望めないし、仮に優勝争いを演じたとしても、橋上自身の来季続投はおそらくない。それは彼自身も、重々承知のうえだろう。

 ただ、指導者の大多数が一度はやってみたいと思うのが監督。その地位が図らずも転がり込んできたわけだから、彼もやる気は満々のはず。歴史を塗り替えるぐらいの気概で、開き直ってやってほしいね」

 そこでヒントとなってくるのが、同じ“野村ID”の系譜を色濃く受け継ぐ池山ヤクルトの大躍進。

 中でも特に注目すべきは、BCリーグ・信濃出身の岩田幸宏(28)や、四国IL・徳島から西武の育成を経て支配下契約を掴んだモンテル(26)といった、苦労人たちの台頭だ。

 BCリーグの創設初年度から4年間、監督として群馬を率いた前出の秦真司氏も言う。

「荒削りで危なっかしい部分も多いが、余計なプライドに縛られていない分、プロで一気に花開く可能性も大いにある。

 現在は故障中だが、5月に一躍ブレイクした平山功太(22)などは、現BC・千葉初のプロ選手。育成出身という点では、支配下に上がったばかりのティマ(21)も面白い存在ですよね」

 もっとも、当の橋上代行自身も、一昨年まで計6シーズンにわたって新潟の監督を務めるなど、独立リーグには精通している。

 新潟がイースタン・リーグ入りした24年から、続けて首位打者、打点王に輝いた昨秋ドラフト“最後の男”知念大成(26/育成5位)あたりは、まさに秘蔵っ子とも言うべき存在だ。

「チームの士気に影響が出かねない露骨な“えこひいき”はすべきではないですが、故障から復帰した彼が上げるに足る成績を残せるようなら、起爆剤に十分なりうる。実際、外野陣はまだ固定できるまでには至っていませんしね」(前同)

 ともあれ、ここからの巨人は、スター監督のワンマン体制とは対極に位置する、経験豊富なベテラン指導者たちによる“合議制”。

 橋上&川相体制なら、適材適所の“野村ID”と、巨人伝統の王道野球のいいとこ取りも期待できる。

「例えば、相手先発がヤクルト・小川泰弘(36)のようなモーションの大きい投手なら、足を生かせる選手を多めに使うとか、竹丸の先発時はロースコアを見越し、守備優先の起用にするとか。

 そういう臨機応変な対策が橋上なら、きっとできる。もともと使いようのある選手も数多い巨人ならではの戦い方をぜひ、してほしいと思います」(同)

 開幕前はBクラスの下馬評もあった球界の盟主が、逆襲の“メークドラマ”に向け、視界良好だ。

【前編】立て直しには一定のメドがついたとされる投手陣の起用法や、ミスターの命日に丸佳浩の「代打満塁逆転本塁打」を捧げた橋上秀樹監督代行の采配ぶりを、専門家たちが徹底分析している。《【前編】はこちらから》

伊原春樹(いはら・はるき)
1949年1月18日、広島県甲奴郡上下町(現・府中市)生まれ。北川工高(現・府中東高)から芝浦工大を経て、ドラフト2位で71年西鉄ライオンズに入団し、内野手として活躍。76年から巨人に移籍したが、78年にライオンズ復帰。80年限りで現役を引退し、翌年から99年まで西武で守備走塁コーチなどを務め、黄金時代を築いたチームの名3塁コーチとして勝利に貢献。2000年の阪神コーチ、01年の西武コーチを経て、02年に西武監督就任1年目でリーグ優勝を果たす。04年にはオリックス監督、07年から10年まで巨人ヘッドコーチ。14年の西武監督など歴任し、通算14回のリーグ優勝、7回の日本一を経験している。

秦真司(はた・しんじ)
1962年7月29日生まれ。徳島県鳴門市出身。鳴門高等学校から法政大学に進学。84年、大学4年生のときに日本代表としてロサンゼルスオリンピックに出場し、金メダルを獲得。翌年ヤクルトスワローズに入団し、88年に正捕手の座を掴んだ。古田敦也選手の入団後は外野手に転向し、勝負強い打撃でチームに貢献。ヤクルトスワローズが6年間で4度の日本一(92~97年)に輝いた黄金時代に選手会長を務めるなど(93年)中心選手として活躍した。その後、日本ハムと千葉ロッテを経て、引退後は千葉ロッテの打撃コーチや中日ドラゴンズのコーチも務めた。2008年には独立リーグ・群馬ダイヤモンドペガサス監督に就任。読売ジャイアンツでは、一軍と三軍でバッテリーコーチを経験している。