■むしろ昔は「私」という一人称のほうが異例だった? 多様化の結果としての「ボク」

 では、なぜ女性たちは“私”を窮屈だと感じるのか? これには、さらに深い歴史的な経緯があるという。

「そもそも女性が“私”いう一人称を使うようになっていくのは、明治以降の話です。近代化の流れの中で、女性は淑女らしくあるべきだという考え方が広まっていくんですね。それはジェンダーロールの中に取り込まれていくという社会的な側面もあったのですが、女性自身も西洋的な意味での”きちんとしたノーブルな女性像”を目指すようになった。そうした中、“私”という一人称が女性の標準になっていったんです」

 確かに近世には歌舞伎などに「わちき」「みずから」などの例があるし、江戸時代から近代に至るまでは、女性が“おら”“俺”と言う例が多かった。加えて日本人は、昔から性別の境界をひっくり返す表現を好むという特性もある。男性が女性を演じたり、女性が男性を演じたりする文化が根付いているのだ。

「あとは受け取り手の変化もあるでしょうね。やっぱり昔は“ボクっ娘”って変わり者扱いされていたんですよ。だけどLGBTQ+や同性婚の話題が当たり前に出るようになり、“バカにするのは差別“という空気に変わってきた。たとえば、誰かが“ボク”と言ったとき、“なんで女なのにボクなの?”とわざわざ聞かない。むしろ“セクシャリティに関係することかもしれないから触れないでおこう”というのが常識になりつつあるわけですよ。結果として、昔よりずっと自然に流通する言葉になったんだと思います」

 多様化が叫ばれる世の中にあって、令和の若者たちは、一人称の呼び方一つで自分らしさを選び取っている。

さやわか
1974年生まれ。ライター、物語評論家、マンガ原作者。「ゲンロン ひらめき☆マンガ教室」主任講師。音楽・出版業界での会社勤務を経て執筆活動に入る。著書に『僕たちのゲーム史』、『文学の読み方』(いずれも星海社新書)、『キャラの思考法』、『世界を物語として生きるために』(いずれも青土社)、『名探偵コナンと平成』(コア新書)、『ゲーム雑誌ガイドブック』(三才ブックス)など。編著に『マンガ家になる!』(ゲンロン、西島大介との共編)、マンガ原作に『キューティーミューティー』、『永守くんが一途すぎて困る。』(いずれもLINEコミックス、作画・ふみふみこ)、『ヘルマンさんかく語りき』(KADOKAWA、作画・倉田三ノ路)などがある。