6月に起きた4度の大型地震──そのうちの1つに、大きな注目が集まった。
「6月26日22時29分ごろ、山梨県富士河口湖町で最大震度6弱を観測した地震は、マグニチュード5.6、震源は東部・富士五湖と発表されました。震源が富士山に近く、首都圏も大きく揺れたことから、“南海トラフ巨大地震の前兆なのではないか”と、ネットを中心に不安の声が広がっています」(全国紙社会部記者)
一部報道では実際の関連性は極めて低いとされるが、人々を怖がらせたのにはワケがある。
「南海トラフ地震とは、静岡県・駿河湾から宮崎県・日向灘沖の広範囲に及ぶ大規模地震のことです。2025年の3月に内閣府の中央防災会議が被害想定を公表しました。最悪の場合、死者数約29.8万人、建物の全壊・焼失約235万棟、経済損失約292.3兆円という甚大な被害が予想されている巨大地震です」(前同)
いつ発生してもおかしくないという南海トラフ巨大地震──だが、その陰に隠れてしまった地震がある。静岡県浜松市在住の30代男性が話す。
「小学生の頃、“30年以内に『東海地震』が必ず来る”って学校でよく聞かされていました。そのたびに、“この家は潰れちゃうの?”と、親に聞いた覚えがあります。でも、今はその名前も聞きませんよね。つい先日、家を建てましたが、あの時ほどの心配はしませんでしたね」
たしかに、最近はあまり耳にしなくなった「東海地震」。駿河湾から東海沖にかけてを震源域とするマグニチュード8クラスの巨大地震のことだ。近い将来、日本を襲うであろう大災害として予測され、長年、震源域周辺の人々は警戒を続けてきた。
では、東海地震はどのようにして注目が集まり、なぜ今はその名を聞かなくなったのだろうか──。50年以上にわたって国内外の災害を現地調査し、『現代ビジネス』(講談社)で南海トラフ巨大地震の連載を持つ「防災システム研究所」所長の山村武彦氏が解説する。
「東海地震が注目され始めたのは1976年。地震予知連絡会で、あるレポートが提出されたことがきっかけでした。その中身は、約100年〜150年周期で東海地震が発生しているというもの。直近では、1854年に安政東海地震が発生しています。1944年に起きた昭和東南海地震では、東海地震の震源域は含まれていませんでした。つまり、割れ残りとして残った東海地震が切迫しているというレポートだったんです」
その指摘を受け、政府は東海地震対策に乗り出したという。
「1978年6月、『大規模地震対策特別措置法』という法律ができました。東海地震の観測を強化し、観測データに異常があれば、地震防災対策強化地域判定会を召集する仕組みです。6名の地震研究第一人者で構成された判定会は、大地震の可能性を察知すると、危険区域に警戒宣言を発令します。場合によっては事前避難、公共交通機関の停止もできるようにしたわけです。こうした事前予知を前提とした防災体制は、世界初の画期的な試みでした」(前同)
防災体制が整備されてからの生活について、愛知県豊橋市在住の60代女性が話す。
「東海地震が来ると言われ始めたのは、私が高校生くらいの頃だったと思います。その当時はそこまで気にしていませんでしたが、子供ができてからは怖くなりましたね。家の耐震診断も受けましたし、地震が起きた場合の避難経路を必ず確認していました。ただ、その後に阪神淡路があって、東日本大震災があって、いつの間にか東海地震という言葉すら聞かなくなった。いつかは来るんでしょうけど、今はどこか他人事のような気がしてしまってます」