■エリート馬も一生安泰ではない
競走馬のセカンドキャリアについて注目され始めたのは、『東京2020オリンピッ。ク』の開催が近づいてくる2013年頃からのことだ。
「民間団体やNPOの草の根活動が中心でしたが日本中央競馬会(JRA)が“引退競走馬に関する検討委員会”を設置。“引退馬支援事業”が本格始動し、業界全体で“馬の余生”を支える仕組み作りがスタートしました。それまでは、毎年登録抹消される約1万頭の競走馬の中で、引退後のキャリアが明らかになっていない馬も少なくありませんでした」
世界的に動物愛護の意識が高まっていることを踏まえ、引退後の馬に対する意識が変わっていったのだという。
「競馬に対する“ギャンブル”というマイナスイメージからの脱却や、今までブラックボックス化していた競走馬の引退後への取り組みに光を当てたいというJRAの考え方が引退競走馬=競走馬のセカンドキャリアという言葉を広めました」
そんな“第二の馬生”を歩む競走馬たち。だが、その後のキャリアも平坦な道のりではない。
それは、レースで華々しい結果を残し繁殖側に残って次世代に血統を残す“エリート馬”でも同じこと。一生安泰とは到底、言えないのだという。
「3~4歳で現役を引退して種牡馬や繁殖牝馬として活躍していても、平均寿命は30歳前後。新たな馬も次々入りますから、繁殖機能も落ちる14~15歳にはまた“引退”してしまうことも珍しくないんです」
セカンドの後の“サードキャリア”に苦労する馬も多いというのだ。
では、どんなウマが次のキャリアに進みやすいのだろうか。
「乗馬クラブの多くでは、引退競走馬を管理、調教してくれる牧場と提携しており、初心者でも乗りやすい馬や、障害を飛べるような馬を迎え入れています。他にも、競走馬1頭を複数人で共同所有する“一口馬主”たちが自分の馬を乗馬クラブに売り込んだり、クラウドファンディングで基金を募って引退馬のための牧場や厩舎を作ったりといった取り組みを行っていることがありますね」
オリンピックの馬術のような異なる競技で活躍の場はできないものなのか、という疑問も抱いてしまうが……。「それは難しいだろう」と多胡氏は続ける。
「120~130cmクラスまでならサラブレッドでも障害馬術は勝ち負けできますが、160cmを超えていくオリンピッククラスでは厳しい。スピードを競わない馬場馬術に至っては、求められる筋肉の使い方が競走馬時代とは全く異なります。代わりにヨーロッパで長年、馬術競技用に交配されてきたウォームブラッド“温血種”はそれぞれの競技に向いている品種になりました。競走馬として、速く走るのに特化した“サラブレッド”がスキルを付けても、高度な技術を競い合う世界大会ではなかなか通用しないでしょう」
一口に“ウマ”といっても品種は300以上あり、どうしてもそれぞれの強みが違うのだ。
キャリア転向しやすい馬の多くは、おとなしく人間に従順だったり、元気で学習能力が高かったりという個体。意外にも血統や見た目で選んでいるわけではないというのだ。
「戦歴が華やかな牡馬は種牡馬で活躍しますから、その馬の血を引く子どもは毎年たくさん生まれています。だから乗馬クラブに入ってくる馬も、両親が有名な馬であることが増えてくるんです」
良血統の馬が多いとなると、ますます次の“就職”争いは大変なものになっているのだろう。数年の競技生活で彼らのキャリアが終えてしまわないようにするには、人間の意識が大切だ。
「高知競馬でデビューしてから113敗で“負け組の星”として愛されていたハルウララも、ブームが去った後に一時は処分の話が出ていたそうです。それでも、ファンたちの後押しもあって千葉の牧場で安らかな晩年を迎えることができました。競馬を楽しむ人もたくさんいると思いますが、一度、頑張ってくれたウマたちの“その後”を気にかけてほしい。乗馬クラブで雄姿を見るだけでも、その子の次の馬生につながりますから」
競走馬たちにとっては、レースに出場する数年よりも“その後”のほうが長い「馬生」となる。新たな活躍の場所を見出すためにも、一頭一頭の名前やレース後の動向を追うことで我々も応援できるはずだ。
乗馬クラブクレイングループ
全国展開する乗馬クラブ。引退競走馬を中心にたくさんの馬たちが第2の馬生を過ごしている。まったくの初心者でも安心して楽しめる体験乗馬が人気。海や山へのトレッキングを目指して練習に来る方、何年もクラブに通い障害馬術、馬場馬術といった競技を楽しんでいる方も多い。最近は長距離を走る馬のマラソン「エンデュランス」の参加者が増えている。