■代行は論外、AIは使い方次第

 時代に合っていないせいもあるのか、学力と学習習慣の定着という夏休みの宿題の本来の目的すらも揺らぎ始めているように見える。

 2010年代には、宿題を有償で引き受ける“宿題代行”サービスが浸透。オークションサイトやフリマアプリが普及し始めると、読書感想文や自由研究の完成品が出品されるようになった。事態を重く見た文部科学省が2018年、完成品の出品禁止について主要3サイトと合意したほどだ。

 そして今や、生成AI全盛の時代。もはや宿題代行サービスに頼らずとも、子どもたちは夏休みの宿題をいとも簡単に終わらせることができる。

「こうしたツールを使うようになった背景には、中学受験の影響があると思います。夏休みの自由研究や読書感想文は中学受験に直接つながりませんから。でも、宿題代行を使うということは、“自分がやりました”と偽って提出するわけです。その不正が成功体験になれば、将来、目的のためなら手段を選ばない大人になりかねません。AIに関しては、使い方次第でしょうね。計算ドリルをやらせるなどの丸投げはもちろんダメですが、たとえば自由研究の切り口を探したり、テーマを広げたりするためには使えます」

 もちろん、中学受験をするかどうかは各家庭の自由だ。親子で話し合ったうえで、両立が難しい場合は、宿題の量について親が教師に相談すればいいそうだ。問題は、その切り抜け方である。

 それに加え、夏休みの宿題には、こんな弊害もあると、親野氏は言う。

「親も子も勉強に意欲のある家庭なら、宿題を出されても問題はありませんが、子どもの学力が低く、やる気もなく、親も経済面や精神面などの事情で見てあげられない家庭もあります。そうした家庭では、親が叱ることが増えて親子関係が悪化し、子どもの自己肯定感も下がります。宿題が多ければ多いほど子どもは苦しみ、ますます勉強が嫌いになります。こうした宿題は子どもの人権を侵害しているともいえます」

 だが、そもそも宿題は、法律で定められているわけではない。各学校の校長が判断すれば、宿題をなくすこともできるのだそうだ。実際に、公立校を含め、宿題を廃止する学校は年々増えているのだという。

「有名なのは、工藤勇一元校長が宿題と定期テストを廃止した東京都千代田区立麹町中学校です。岐阜市立岐阜小学校では、藤田忠久校長が一律の宿題を廃止しました。愛知県豊田市では、澤田二三夫校長が夏休みの宿題をなくした実践で知られています」

 夏休みの宿題については現在、まさに過渡期なのだ。では今後、夏休みの過ごし方はどうあるべきなのだろうか。

「これから時代に求められるのは、言われたことをただやる人ではありません。それはAIが取って代わるようになっていくでしょう。これからは自ら問いを立て、課題を設定して行動できる、“ゼロ”から“1”を作れる人です。そうした力は一律の宿題では育ちません。さまざまな体験を通して、主体的な自己実現力を育てることがとても大切です」

 最後に親野氏は、そのための環境づくりが必要になってくると提言する。

「宿題をなくしても、子どもに夏休みの居場所がなければ意味がありません。各家庭の所得によって、体験に差が出てもいけません。どの子も充実した夏休みを過ごせる場所を作るために、国や自治体がお金を出すべきです。夏休みの宿題は、そこまでをセットにして考えていく必要があるでしょう」

 夏休みに宿題なんてあったんだ──いつの日か、そんなことを言い出す世代が登場するのかもしれない。

親野智可等(おやの・ちから)
教育評論家。公立小学校での23年間の教師経験をもとに、子育て、しつけ、親子関係、勉強法、学力向上、家庭教育について具体的に提案している。『親の言葉100』『子育て365日』『反抗期まるごと解決BOOK』などベストセラー多数。全国各地の小・中・高等学校、幼稚園・保育園のPTA、市町村の教育講演会、先生や保育士の研修会でも大人気となっている。