お笑い芸人のダンカンが、9月2日から舞台『キリシマサトル、青春の蹉跌』で主演を務める。そこで本サイトは、多岐にわたる活躍を見せるダンカンにこれまでの芸能人生を聞いた。そこにあったのは、激動の半生だった――。

 いまやお笑い芸人が様々なジャンルで活躍するケースは珍しくないが、ダンカンほどマルチな存在は稀有かもしれない。もともとは立川談志門下の落語家だったが、ひょんなことからビートたけしに弟子入り。たけし軍団の一員となったあとも、放送作家、脚本家、役者などジャンルレスに活躍してきた。

「もちろん最初はお笑いのことしか頭になかったですよ。くだらないことしか考えていなかった。役者なんてやるつもりも一切なかったけど、たけしさんが映画を撮るってことで、『3-4X10月』(1990年公開)のチョイ役をやったんです。当時のたけしさんの映画って台本なんてあってないようなものだから、現場で言われた通り動いていただけなんですけどね」(ダンカン、以下同)

 これまで数多くの映画やドラマに出演してきたダンカンだが、いまだに“俳優”としての意識が持てないという。演出家・久世光彦さんにかけられた言葉で忘れられないものがある。

「久世さんに“すごい下手糞で最高だわ”って褒められたんです。他の俳優さんに向かって“お前らもダンカンの下手さを見習え!”とまで言ってましたからね。要は役者特有の“芝居臭さ”がないってことなのかな。自分には自分の持ち味があると信じて、実直にやるしかないなと思うようになりました」

 さらに7年前からは、たけし軍団らが所属する芸能事務所TAPの専務取締役にも就任。経営者としても辣腕をふるっている。

「タレントというのは、なんてわがままな人種なんだと呆れましたね(笑)。昔、マネージャーとかに文句を言っていた自分を殴ってやりたいくらいですよ。そもそも専務になったのも、たけしさんが“新事務所は社長・つまみ枝豆、専務・ダンカンでいく”ってゴルフ場でコメントしたらしくて。僕はそれを翌日のサンケイスポーツで知りましたからね。自分が連載している新聞で自分の運命を知ったわけです」