武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。

 今週も穂村弘さんという歌人の方が選んだ短歌集『短歌ガチャポン、もう一回』(小学館)を題材に武田流解釈を存分に効かせて、作品を紹介していきましょう。短歌と聞いて「なにやら小難しそうだなぁ……」などと肩肘張らずに、どうぞお楽しみください。では、さっそく!

 

あーと言うだけで「アルト」と告げられたあの日の風のめぐりくる頬
(海老原愛子)

 

 おそらく音楽の授業での合唱のパートの選別でしょう。音楽教師がソプラノ、アルト、テノール、バスというパートの選別を行っている。音楽室で作者は気をつけをしながら、「あー」と声を出してみた。すると先生は、一声聞いただけで「アルト」と言った。

 自分のことなのに、自分では分からなかった、知らなかった。人から言われて「私の声はアルトなのか」とハッとさせられた瞬間。そのときに彼女は「あの日の風のめぐりくる頬」というぐらいだから、頬が真っ赤になっちゃったのかな。今も思い出して赤くなるのかもしれない。

 

  「あーと言うだけ」ですべてが決まる。先生からの「アルト」は、運命を告げられるようなひと言だ(穂村弘. 『短歌のガチャポン、もう一回』. 小学館, 2025=以下同)

 

 選者の穂村さんいわく「運命を告げられるようなひと言」とあるが、自分の身体の正体を言い当てられたような恥ずかしさ。きっと作者は、そういう感情になったんでしょうね。

 これは私にも思い出があります。記憶に間違いがなければ小学校2年生の頃だったと思うんですが、学校に保健所の人が来て、血液型検査が行われたんです。注射で血液をちょっと採って何型か調べる。列に並んで結果を聞くんですが、自分の番が来たら、白衣の人から言われたのが「あんたはО型」。

 ドキッとしたんだよね、そのときに。「オレはО型か」って。A、B、AB、Oとある中でも自分は「Оというタイプの血液なんだ」って、よく分かんないけどドキッとした。

 白衣の人が、圧倒的な説得力で「あんたはО型」って言ったときに、小学校2年生の武田少年の頭の中に走ったもの。

「オレは、これからО型として生きていくのか」

 当時8歳だったけど、「これは一生、覚えておこう」と思った。

 あのときの私とよく似ているんですよ。音楽教師のパート分けで、自分の中に眠っている声質、ある意味で“人種”のようなものを「アルト」って断言された。

 そのときの情景を思い浮かべるとドキドキしますよね。医者に面と向かって「ガンです」って診断されるのと同じ響きがありますよ(笑)。

 一回聞いたら生涯忘れまいという自分に関する情報との、初めての対面。その瞬間の、どこか少し恥ずかしいような、自分の秘密を教えてもらったような不思議な感覚。おそらく作者は、そんな思いを歌にしたんじゃないでしょうか。この一首、私はものすごく気に入りました。