教科書には載っていない“本当の歴史”──歴史研究家・跡部蛮が一級史料をもとに、日本人の9割が知らない偉人たちの裏の顔を明かす!

「鼬(いたち)にも劣る」「駘馬(たいば)(使い物にならない馬のこと)の道草を食らうがごとし」などなど──。

 鎌倉幕府を開いた源頼朝が御家人らを罵倒したせりふの数々だ。なかには「目は鼠(ねずみ)の眼(まなこ)のごとく」と身体的特徴をあざ笑うものまである。現代なら一発でパワハラ認定を受けてしまう罵倒ばかり。しかも、これが文治元年(1185年)4月15日付の『吾妻鏡』に記載されているのだ。頼朝は希代の“パワハラ魔”だったのか。順を追って謎解きしていこう。

 まず以上の罵詈雑言の数々は、御家人へ宛てた下文(命令書)の別紙に書かれた内容。そこに24名の御家人らの名を記し、その1人1人の悪いところを書き連ねているのだ。その理由は下文を読めば一目瞭然。

「御家人が内挙(頼朝の推薦)を受けず(中略)多くの者が衛府や所司に任官しているのは、けしからぬことだ」

 つまり頼朝は、御家人らが勝手に朝廷から官職を賜ったことに激怒したのだ。この問題は、異母弟の源義経と不和になる原因として通説で語られる話でもある。義経が頼朝に無断で後白河法皇から左衛門尉(さえもんのじょう)の官職を賜り、そこから不和が始まったとされる。