教科書には載っていない“本当の歴史”──歴史研究家・跡部蛮が一級史料をもとに、日本人の9割が知らない偉人たちの裏の顔を明かす!

 豊臣秀吉の小姓から広島城主となった福島正則には、こんなパワハラ疑惑がある。真偽を検証してみよう。

 ある日、正則が鞆の浦(広島県福山市)まで船で帰り着くと、柘植清右衛門(つげ・せいえもん)に命じ、家臣らに船の中で木綿の服装へ着替えるよう触れを出した。格式張らず、家臣らを港町へ溶けこみやすくするためだったようだが、触れを出したと思っていたのは本人だけ。正則は、いっこうに触れが出された様子がないので「清右衛門に切腹させ、首をもって来い。それまでは船を降りぬぞ」と言って怒りだした。こうなったら手が付けられないことを知る清右衛門は、やむなく切腹して果てる。

 正則はその首を見て満足したのか、機嫌を直し、やがて高いびきをかきはじめた。そして一睡の後、清右衛門の名を呼ぶものの、むろん返事をするはずがない。正則は酒をしこたま飲み、切腹を命じたことも、首を見たことも、まるで覚えていなかったのだ。「清右衛門はどうした?」と重臣に問いただし、事実を聞くと肝を潰して、声をあげて泣いたという。