■酒でしくじった正則の逸話

 事実とすれば、これ以上のパワハラはない。嘘のような話だが、江戸時代に、第四代平戸藩主となった松浦鎮信の逸話集『武功雑記』に掲載された話だ。

 平戸藩は改易された諸大名家の浪人を少なからず召し抱えており、彼らから聞き取った話を基にまとめたのが『武功雑記』。福島家も元和5年(1620年)に改易されており、旧臣の誰かが平戸藩に仕え、旧主の逸話が『武功雑記』に収められた可能性は否定できない。正則には酒でしくじった逸話が他にもあるからだ。

 福岡藩黒田家に伝わる話である。正則が、酒豪で知られる黒田長政の家臣・母里太兵衛(もり・たへえ)を伏見城下の邸に招いて酒宴を催したときのこと。正則は太兵衛の目の前に鉢のような大きさの大盃を出して飲むよう薦め、「これにて酒を飲まば、何にしても、そのほう望みの物を引き出物にせん」といったところ、太兵衛は座敷の上座に懸けてある槍を所望し、見事、飲み干した。しかしそれは、正則が秀吉からたまわった秘蔵の槍。一方の黒田家では、太兵衛を称え、「♪酒はのめのめ飲むならば、日の本一のこの槍」とはやした。これが有名な「黒田節」である。

 そんな正則だが、彼の名誉のために、こんな逸話で締めくくりたい。福島家が改易されたときの逸話だ。「福島家中之浪人、数多これあるといへども、一人も残らず、諸国に身上ありつきし」(『福島正則遠流広島城引渡之覚』)とあり、さすがに一人も残らずというのは誇張にせよ、正則の家臣はほぼ全員が浪人することなく、仕官できたという。その第一の理由は「正則の武勇」にある。つまり、パワハラ武将の正則は、その武勇で家臣(部下)を救ったといえよう。

跡部蛮(あとべ・ばん)
歴史研究家・博士(文学)。1960年大阪市生まれ。立命館大学卒。佛教大学大学院文学研究科(日本史学専攻)博士後期課程修了。著書多数。近著は『今さら誰にも聞けない 天皇のソボクな疑問』(ビジネス社)。