日本競馬界のレジェンド・武豊が名勝負の舞台裏を明かすコラム。10月17日のGII富士S(東京)ではアドマイヤズームに、翌18日のGI秋華賞(京都)ではマスターソアラに騎乗予定の、彼のここでしか読めない勝負師の哲学に迫ろう。
(以下の内容は2026年10月5日に寄稿されたものです)
尊敬する先輩であり、憧れのジョッキーでもあった柴田善臣さんが、現役を引退されることになりました。
善臣さんは競馬学校の1期生。僕が入学したときは最上級生で、話しかけるなんてとんでもない。何か言われたら、返事は「はい!」だけ。ただただ、仰ぎ見るだけの存在でした。
右肩のケガの回復が思うように進まず、鞭を置く決断をされたと聞いたときは、一瞬、言葉を失いましたが、還暦まで馬に乗り続け、僕ら後輩に騎手とはどうあるべきかを示し続けてくださった善臣さんには、感謝しかありません。
もっと一緒に乗っていたかったと思う気持ちがないと言えば嘘になりますが、善臣さんに贈る言葉は、「ありがとうございました」「お疲れさまでした」の2つです。
善臣さんとの腕を競い合ったレースは、数えきれないほどたくさんありますが、ひとつ挙げるとすれば、“伝説の出遅れ”と呼ばれる、1989年の桜花賞です。
ただの出遅れだったのか、それとも戦略だったのか。当時は、大きな話題を呼びましたが、ひとつ言えるのは、あの出遅れがなかったらもっと楽な競馬になっていたということです。
大外枠から出遅れたシャダイカグラは、インコースから、わずかな隙間を縫うようにしてポジションを上げ、勝負の直線へ。
先頭を走るのは、理想的な競馬で抜け出した善臣さんが騎乗するホクトビーナスです。
最後は、僕と善臣さんの一騎打ち。“負けられない”。“負けたくない”“勝ちたい”“勝つのは自分の馬だ”。
僕の体からからも、善臣さんの全身からも、勝利への執念が噴き出しているようでした。