■動物園での改善策「環境エンリッチメント」

 これら動物園で起きた動物死亡事故に関し、動物園コンサタルトである田井基文氏は分析する。

「熱中症の発生については、やはり気候そのものの変化・激化が、主たる要因と考えます。しかしながら、もっと詳細に日々の動物たちの様子を現場で観察確認することを徹底していれば、複数頭が一度に死亡する事態は防げなかったものなのかと悲しい気持ちになります」

 本来は広大な野生の環境下で生活する生き物を動物園で飼育するとなると、やはり難しい側面は出てくる。そんななかで、動物園の姿は変わりつつある。

 一昔前まで、“動物を展示する”という意味合いが強かった状態から、“動物側も快適に過ごしてもらう”という場所へと意識は移り変わっている。

「例えば、動物の逃亡を防止するのは基本中の基本ですから、以前からその点には腐心し続けていました。一方で、現在は“動物が生まれてから死ぬまでの身体的・心的状態”を鑑みたアニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から飼育環境との兼ね合いが次のハードルになっているのではないでしょうか」(田井氏)

 実際に動物園で、動物たちが檻の中でウロウロと同じ場所を歩き回る姿をよく目にする。こうした行為は“常同行動”と呼ばれ、狭い環境での退屈な時間の長さ、強いストレスによる不安行動の表れなのだが、その改善策として、近年多くの動物園では『環境エンリッチメント』という試みをしている。

 この環境エンリッチメントとは、ケージや運動場、玩具といった施設等の“物理的環境”、また他個体や飼育者との関わりなどの“社会的環境”を、動物本来の生活に近づけることで、飼育動物の生活の質の向上を図ろうという内容だ。

「例えば、京都市動物園では車のタイヤの中に肉を入れてジャガーに与えたことで、探索行動や中に入れた肉を引きずり出す行動、咥えて持ち運ぶ遊び行動を引き出すことができましたし、かみね動物園では、サル舎の中に隠れ場所、吊り下げた物などを設けることで、登ったりぶら下がったりする行動を促進しました」(前出の科学ジャーナリスト)

 飼育下で単調になりがちな飼育環境に変化や刺激を与え、動物が本来持つ行動をできるだけ発現できるようにする。そうすることで精神的にも肉体的にも健康を保つという取り組みなのだ。

 だが一方で、動物園での死亡事例が発生するたびに “動物にとって本当に快適な場所なのか。虐待なのではないか”という議論も起きている。実際に、まだまだ飼育方法が動物にとって最善でない場合もあるのだろう。

 ただ、動物園の存在意義として“絶滅に瀕する動物を繁殖させ次世代に繋げる”、“普段目にすることのできない動物を実際に見ることで教養や環境問題について考えるきっかけにする”、“未知の部分の多い種の生態を解明する”といった重要な役割も担っていることも忘れてはならない。

 前出の田井氏は言う。

「動物園の存在についての批判はなくならないと思いますし、今後は人的リソースの確保とクオリティの担保が課題にもなってくるでしょう。ただ、社会と市民がお互いにディスカッションを重ね、あるべき形を常にアップデートし続ける。そういう過程が大切だと思います」

 人間に癒やしや学びを与える場である動物園。飼われている動物が快適に幸せでいられる環境を保持することこそ、飼育者側が負うべき責任なのだ。

田井基文(たい・もとふみ)
1979年 大阪生まれ。早稲田大学法学部卒。
2009年 世界で初めての動物園・水族館専門の雑誌『どうぶつのくに』を企画発行人として創刊。以降、日本動物園水族館協会の広報誌『どうぶつえんとすいぞくかん』、その他『Habataki』等各種の専門誌の専任写真家であり編集長・発行人を兼任。多くの生物図鑑や関係書籍の制作・出版も手がける。世界中のどうぶつや自然はもちろん動物園と水族館を何より愛し、国内外で旅をしながら取材を続けてその魅力を全世界に向けて発信し続けている。“こどもとどうぶつが出会う瞬間”を一連のコレクションとした写真展「KIDZOO」シリーズを世界中の動物園水族館を中心に、巡回展示好評開催中。公益社団法人日本写真家協会(JPS)正会員。