日々、若者文化やトレンド事象を研究するトレンド現象ウォッチャーの戸田蒼氏が本サイトで現代のトレンドを徹底解説。今回、戸田氏が注目したのは、日本の行政区分「郡」についてです。

 日本の住所を書くとき、市や区と並んで登場する「郡」。普段は何気なく目にするものの、「町が分かれば住所は届くのだから、郡ってなくても困らないんじゃ…」と思ったことがある人もいるでしょう。

 実際、愛媛県には現在、越智郡、伊予郡、喜多郡など7つの郡がありますが、その内訳を見ると少し不思議なことに気づきます。伊予郡は松前町と砥部町、北宇和郡は鬼北町と松野町ですが、それ以外は「1つの郡に1つの町」という状態なのです。

 自治体が1つしかないのなら、わざわざ「郡」を付ける必要はあるのか。調べてみると、この2文字には1300年以上にわたる長い歴史がありました。

 日本で「郡」のルーツが生まれたのは7世紀ごろです。645年の「大化の改新」以降、中央政府が地方を管理する仕組みが整えられました。当時、現在の「郡」にあたる区画は「評」と呼ばれ、7世紀後半の木簡からもその表記が確認されています。その後、701年の大宝律令によって漢字の表記が「郡」へと改められ、制度として整えられていきました。

 平安時代には、郡は税の徴収など地方を管理するための重要な区分でしたが、時代が進むにつれて行政制度が変化。しだいに実際の行政組織としての役割を失い、地域を表す名前として残っていくことになります。