■地域社会において一定の役割を担う「郡」
そんな「郡」が再び行政の表舞台に登場するのは明治時代です。1878年、明治政府が「郡区町村編制法」を施行すると、愛媛県には18の郡が設置されました。その後、郡役所や郡長が置かれ、県と町村の間に位置する行政単位として機能するようになります。
ただし、こちらも永遠には続きませんでした。交通網の発達や町村の自治が進んだことで、郡による行政の必要性が薄れ、1920年代には郡役所や郡長が廃止されます。
そして現在の姿につながる大きな転機となったのが、2000年代の「平成の大合併」です。愛媛県では、かつて70あった市町村が20の市町へと再編されました。周桑郡や温泉郡などの郡名も消滅し、郡の数は11から7へと減少。その結果、残った郡の中には「1郡1町」という状態が生まれたのです。
ここまでを見ると、やはり「郡はなくてもいいのでは?」という疑問が出てきます。では、現在の「郡」に存在意義はあるのでしょうか。
「平成の大合併から約20年が経過した現在も、地域社会において郡という区分は一定の役割を担っています。実用面では、住所を区別するうえで役立つケースがあります。愛媛県内には松山市と伊予郡に、同じ漢字の『松前町』という地域があり、郡を付けることで、どの地域なのかを区別しやすくなる。また、人口の少ない町同士が合同で小学生の水泳大会を開催するなど、自治体を超えた地域活動の土台にも活用されています」(社会部記者)
ネット上でも、「住所を書くときに郡を入れるべきか毎回迷う」「平成の大合併で地元から郡が消えて少し寂しかった」「昔は部活動で“郡大会”って呼んでいたのが懐かしい」といった声が聞かれます。
行政機能としてはすでに役目を終えつつある「郡」。それでも消えずに残り続けるこの2文字は、私たちが暮らす土地の歴史そのものです。あなたの住む街の「郡」には、どんなドラマが眠っているでしょうか。
戸田蒼(とだ・あおい)
トレンド現象ウォッチャー。大手出版社でエンタメ誌やwebメディアの編集長を経てフリー。雑誌&webライター、トレンド現象ウォッチャーとして活動中。