ゴトンと音を立てて出てくる熱々のうどん、紙箱入りのハンバーガー、アルミホイルに包まれたトーストサンド……。

 昭和の時代、ドライブインやゲームセンターなどでよく見かけた”フード自販機“が、令和の今、ひそかに注目を集めている。このジャンルの第一人者で、11月16日に『レトロ自販機の聖地』(イカロス出版)を上梓する魚谷祐介氏が歴史的背景から説明する。

「レトロ系のフード自販機が普及したのは高度経済成長期の1970年代。 “オートスナック”“コインスナック”などと呼ばれた国道沿いの店舗が、深夜に走る長距離ドライバーたちの憩いの場となったんです」(魚谷氏=以下同)

 そのほかにも高速道路のPAはもちろん、ボウリング場やフェリーターミナルなどでも見かけることは多かった。こうしたフード自販機が日本人の生活に密着した存在だったことは間違いない。

「ところが80年代に入ると、24時間営業のコンビニやファミレスが増えたことで一気にその数は減少します。現存するのは全国で53店舗、自販機自体の数は100台前後にすぎません。かつては自販機大手である富士電機の関係会社が群馬県に存在し、各チェーン店に商品を供給するシステムでした。しかし90年代半ばに富士電機が麺類自販機の製造をやめてからは、メーカーが次々と食品自販機事業から撤退してしまったんです」

 ここで疑問として浮かんでくるのが、その運営方法だ。大手飲料メーカーなら、自社の自販機が全国に大量設置されているわけだから、トラックで効率よく巡回することが可能だろう。メーカーも製造をやめたレトロ系フード自販機の場合、誰が食材を補充しているのか?

「お店側が自分たちで食材を仕入れ、機械に詰めているんです。ですから同じ商品でも、実は設置店舗によって味がまったく違う。そこも全国の自販機スポットを巡る楽しみのひとつになっているんですけどね」

 故障したときのメンテナンスや新紙幣への対応も全国に数人しかいないスペシャリストによって支えられている。魚谷氏によると、レトロ自販機シーンを守るうえで重要なキーパーソンが西日本と東日本に1人ずついるとのこと。

「西日本には“自販機の神”と呼ばれる修理の達人がいて、東日本には齋藤辰洋さんという方がいる。この2人を中心にネットワークを作って、レトロ自販機シーンを守っているんです。斎藤さんが経営する『中古タイヤ市場』(神奈川相模原市)ではドリンク系を含めて常時100台以上が稼働しているので、“レトロ自販機の聖地”とされています」