■田邊教授のモデル人物は性格が災いして東大を追われた
田邊教授のモデルと確実視されている人物の名前は、矢田部良吉(1851年~1899年/享年47)。アメリカのコーネル大学で植物学を学び、『らんまん』の田邊教授と同じように東大の初代植物学教授へと就任した人物だ。
国立科学博物館(科博)の前身である教育博物館の初代館長を務めたり、男尊女卑の風潮が強かった当時は珍しかった「女子の高等教育」の拡大を訴えたり、植物学以外でも日本の学問に大いに貢献した人物である。
しかし、東大では、1891年に非職となっており、4年後に英語担当の教員として高等師範学校へ異動。その後同校で校長に就任し、生涯大学に戻ることはなかった。
非職になった真相は定かではないが、『国立科学博物館』の運営する『矢田部良吉デジタルアーカイブ』は、他者への批判をところかまわず直言する矢田部自身の「激烈な性質」が理由で大学における上司・同僚との不和が生じたからではないか、という説を解説している。
「『らんまん』の田邊教授は英語が得意だし、やはり最終的には東大教授の座を追われ、史実通りに英語の教師になるのかもしれませんね。
ただ、先に挙げられているように、単なる悪人ではなく日本の植物史、教育史に大いに貢献した立派な人物としての顔もある。最後の最後、万太郎とは和解はせずとも、極端に後味の悪い終わり方はしないのではないでしょうか。利己的な部分はありつつも万太郎に協力的ではあったし、“学歴がないと発表する機会がない”など、言ってることは現実的だと評価する視聴者も多いですからね。
ですが、ここからしばらくは、田邊教授による万太郎いじめが繰り広げられる展開となりそうですね」(前出のテレビ誌ライター)
主役の万太郎(神木)を食う存在感を発揮している“嫌な奴”田邊教授(要)。両者の戦いは、どんな決着が待っているのか――。