8月16日に5枚目のオリジナルアルバム『ピース』のリリースと、全国ツアーを行なうことが発表された、高橋海人(24)と永瀬廉(24)の2人体制になったKing&Prince。
当初は5人のメンバーのうち半数以上となる、神宮寺勇太(25)、平野紫耀(26)、岸優太(27)の3人が抜けることで、グループ存続の危機もささやかれていたが、そんな心配をよそに活動は順調のようだ。8月14日には、『CDTVライブライブ 夏フェス4時間半SP』(TBS系)で“5人時代”の楽曲「ichiban」を新たな振り付けで熱唱、X(ツイッター)のトレンド入りする大活躍を見せてくれた。
「3人が抜けてもなお、キンプリを守り続けていくことを決めた高橋さんと永瀬さんへの重圧は半端なものではなかったことでしょう。しかし、徐々に2人体制のキンプリも板についてきたような感があり、頼もしいですよね」(エンタメ誌編集者)
永瀬とともにグループに残ることを決断した高橋だったが、実は彼には意外なデビュー秘話がある。
「高橋さんは、小学校に上がる前から始めたダンスで数々の受賞歴を誇る天才ダンス少年だった。その腕がかわれ、ジャニーズ事務所入所前の2010年、11才の頃にSMAPのバックダンサーとして5大ドームツアーにも参加していたほどの実力の持ち主でした」(前同)
そんな彼がジャニーズに所属するきっかけとなったのは、母親が息子に黙って送った履歴書。後に、ジャニーズ事務所のオーディションに参加することになった高橋だったが――。
■泣きながら挑んだジャニーズオーディション
「当時の様子を、高橋さんは『日経エンタテインメント』(日経BP社)2019年1月号のなかでこんなふうに語っているのです。
《僕、もともと本気でダンスをやっていたので、ジャニーズのことはそんに知らなかったんです。だからオーディションの時も“え!! なんで僕がジャニーズなの?”って泣きながら受けたくらい、やりたくなかった》」(前出のエンタメ誌編集者)
そんな高橋の気持ちを変えたのは、ファンからの1通の手紙だったそう。
「最初は前向きではなかったジャニーズ入りだったが、高橋さんはその後のことを、
《最初にファンになってくれた方から手紙をもらって、それを読んでいたらそれまで感じたことがない気持ちになって。いろんな人の笑顔や日常を支える存在になれるなんて、すごくステキな職業だなってそのとき気付いたんです》
と、同誌のなかで明かしています」(前同)
こうしてジャニーズ入りを決意し、アイドルとしての道を歩み始めた高橋。キンプリとしてデビューを果たした1年後には「アイドルをやっていて良かった、自分の選んだ道は間違いじゃなかったと今は思えている」とも語っていたのだ。