■「ヤリ」を楽しむ点がプロレスの醍醐味
ここまでテレビ論として「ヤリ」と「ヤラセ」の違いを書いてきたが、プロレスを雑に扱う人で簡単にヤラセだのなんだの言ってしまう人もいる。しかしそんな低レベルな話ではなく、まさにヤリを楽しむ点が、プロレスの醍醐味でもあることは明白だ。
プロレスラーは観客やマスコミを前にスイッチが入ると、奇跡のような感情を見せてくれることがある。最近の例で言うなら、オカダ・カズチカと清宮海斗はまさにこれだった。
時系列を追って書くと、2022年の1月8日、横浜アリーナで行われた新日本プロレス
VSプロレスリング・ノアの対抗戦で「オカダ&棚橋弘至VS武藤敬司&清宮」が実現した。オカダが清宮に力の差を見せつけ、敗れた清宮は号泣。その1年後、同所でおこなわれた対抗戦で「オカダ&真壁刀義VS清宮&稲村愛輝」のタッグマッチが行われた。そこで清宮はオカダに顔面蹴りなどを見舞い、場内が騒然とした試合になったのである。
自分に興味を示さないオカダに清宮は仕掛けたのだ。まさに自分で状況を動かしたのである。先述した「ヤリ」の醍醐味と言っていい。このあと、武藤の引退試合が行われる2月21日の東京ドームで両者の対戦が発表されたが、オカダはボイコットを宣言した。
オカダのコメントはどこまでが生身の感情なのか? カード発表からドームへの過程はとてもハラハラして見応えがあったのである。当日のドーム興行ではオカダが勝利したが、異様な緊迫感と期待感があったことは書いておきたい。
■猪木の「ヤリ」は数えきれない
もちろん、猪木について言えば「ヤリ」は数えきれない。猪木アリ戦の記者会見での舌戦は、与えられた設定で火花を散らすというまさにアドリブの妙であった。1979年のプロレス夢のオールスター戦では、馬場とタッグを組んだ猪木は試合後に「2人が今度リングで会うときは、闘う時です!」とマイクアピールをした。これに対し、馬場も「よし、やろう!」と言って盛り上げた。対応した馬場は大人だったが、猪木の「アドリブ」には相当に警戒していたはずだ。
猪木はあえて想定外の事態を生みだすこと、つまりは「アドリブ力」で興行を盛り上げることに自信を持っていたようだが、80年代になって力の衰えが見え始めるとアドリブ力にも異変が生じた。たとえば強引なカードの変更などでファンの共感を得ないことがしばしばあった。つまり「ヤリ」を発揮する力とは、心技体が充実したときと比例しているとも言えないだろうか。これもまたリアルな帰結である。この点は、後述する。
どんなジャンルであれ、ひたすら行間を読み込んで、自分にとってのリアル(真実)をキャッチする。こんな楽しみ方は、猪木が、プロレスが教えてくれた。
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猪木は死んだが、猪木を語ることはこれからもずっと続く。アントニオ猪木を好きになるとはそういうことだ――。
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2023年10月18日 発売