■「安定のシステムがないものを見るのもプロレスファンは好き」

 さてその後日、編集者と話をしていたら、フワちゃんの試合の話になった。先述した武藤さんの「システムができあがってる」という分析を言うと、編集者は「その見立てを聞いてつながった話がある」と言う。

 その編集者は、昔から飲み屋が林立するある街で、最近、似たような新しい店舗が次々に開店しているのを不思議に思って、飲食業界に詳しいライターにその理由を聞いたという。そうしたら、その新しい店はどこも、同じビール会社が店内デザインやメニュー開発に携わっているからだと教えられたそうだ。

 つまり、飲食店にビールを卸すという営業だけでなく、丸ごと運営側に携わる。そこで自分達のビールを出す。これが武藤敬司の「システムができあがってるってことだ」と通じるのではないか? との感想だった。そう考えていくと、そのシステムは大手だからこそできるのでは? という視点も浮かぶ。フワちゃんをデビューさせたスターダムもプロレス界の中では勢いがありブシロード傘下で安定した団体だ。だからこうしたプレゼンもできて世間への仕掛けもできるのだろう。頼もしい。

 一方で安定のシステムがないものを見るのもプロレスファンは好きだ。大将の腕一本でイチから立ち上げる居酒屋には相変わらず魅力を感じる。クセがあるほどたまらない。応援したいと思う。フワちゃんのデビュー試合が成功したことによってチーム一丸の「システム」の優秀さが披露されたことで「ぎこちなさ、カタさがリアリティを生むようなプロレスはだんだんなくなっていくでしょうね」と斎藤文彦さんは語ったが、そういうプロレスもまだまだ見たいのである。

 自分でも贅沢な希望を言っていることはわかる。でもいろんな挑戦が許されるのもプロレスというジャンルの大らかさであり懐の広さだと思うのだ。

 フワちゃんの挑戦も見事、無名の新人として孤独から一発を狙う挑戦も見事。さまざまな人間模様を今後もマットに叩きつけてほしい。しかと見たい。そして仲間とワイワイ語り合いたいのである。

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 猪木は死んだが、猪木を語ることはこれからもずっと続く。アントニオ猪木を好きになるとはそういうことだ――。

 

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