■デビュー時点で相葉・松潤以外は辞めるつもりだった

 大野は完全に引退したかったのをメンバーや事務所が説得して「活動休止」に留めた経緯もあり、芸能界に戻る気は全くないとも言われている。

 現在は副業の不動産業や沖縄・宮古島でのバー経営やリゾート事業に注力しているほか、エージェント会社の新社長は事務所の大先輩で、憧れの少年隊の東山ではなく、“部外者”の福田氏。大野には、エージェント契約を結ぶ義理もないだろう。

 そうなると、現時点で新会社とエージェント契約を結びそうな嵐のメンバーは相葉雅紀(40)と松本潤(40)の2人ということになるが、奇しくもこの状況は嵐がデビューした1999年当時とシンクロしているという。

「嵐は、1999年9月15日にハワイでデビュー記者会見を行なったことで有名ですよね。実はあの時点で、相葉さんと松本さん以外の3人――大野さん、櫻井さん、二宮さんは、事務所をそれぞれ理由を持って辞めるつもりでいて、嵐として活動するつもりがなかったことを本人たちが認めているんです」(ワイドショー関係者)

 二宮は、役者業を通じて裏方の仕事に興味を持ったことで事務所を1999年いっぱいで辞める意思をジャニー喜多川氏(享年87)伝えていた。しかし、ジャニー氏に「最後にハワイに行こう」と言われてハワイを訪れたら、それはデビュー会見だった――と、二宮は2020年放送の『TOKIOカケル』(フジテレビ系)で明かしている。

 櫻井は、大学進学や海外留学を検討していた時期だったため辞めるつもりだったが、嵐が『1999年ワールドカップバレーボール』のイメージキャラクターだったため、それが終われば解散するグループだと勘違いして、加入。

 二宮と櫻井はデビュー中止をジャニー宅に直談判しようとしたら留守で、「今度デビューするグループの名前は『嵐』で行こうと思います」と書かれたファックスを発見。気がつけば、もう辞めるに辞められない状況になっていたという。

 そして、大野は「ダンスを極めた」と感じたので辞める旨を事務所に2度も伝えていたのにデビューさせられることになってしまい、2週間も携帯も家の電話にも出ず、逃げようとしていたことが、前述の『TOKIOカケル』で明らかにされている。