■制作側は「省エネ」な裏側

『VIVANT』を筆頭に考察ブームに沸くドラマ業界内において、「記憶喪失」は恋愛・ヒューマン系の作品でも物語のカギとなる設定として使われがちだという。

「恋愛・ヒューマン系のドラマで記憶喪失が使われるときは、いったん自分をリセット、リニューアルするというニュアンスが込められます。記憶を喪失した本人は自分は何者なのかを自問自答するし、周囲は記憶喪失した相手に戸惑いながらも“先入観なし”のゼロリセットで向き合おうとする。記憶喪失をあたたかく見守ってくれるコミュニティがあるのが鉄板です。

 恋愛・ヒューマン系のドラマに記憶喪失という仕掛けを掛け算することで、話を手軽に複雑にでき、かつ心の交流を演出できます。途中で記憶喪失になるパターンも、話の分岐点として手っ取り早く機能します」(前出の吉田氏)

 話の筋だけでなく制作陣にとっても、記憶喪失は“手軽”だと吉田氏は指摘する。

「そもそもドラマに立体感を出すものとして、トリッキーな“3大現実逃避要素”として記憶喪失、入れ替わり、タイムリープがあります」(前同)

 実際、2023年から24年にかけては時空を超える系のドラマが大流行。宮藤官九郎(53)が脚本を担当したTBS系の『不適切にもほどがある!』(2024)、安藤サクラ主演の日本テレビ系『ブラッシュアップライフ』(2023)、フジテレビ系列で放送された吉岡里帆(31)主演の『時をかけるな、恋人たち』(2023)、同じくフジテレビ系列で向井理(42)主演『パリピ孔明』(2023)など枚挙に暇がないのである。

「ただタイムリープは、ドラマとして作ろうとするとなかなか大変です。時代考証をする必要が出てくるし、大道具や小物も当時を再現しなくてはいけなくなる。今の視聴者は細かいところまで見ているので、少しでも違ったらすぐにSNSで指摘されてしまいます。

 その点、記憶喪失はセット面で難しい辻褄合わせがいりません。また入れ替わり系だと役者に相当な力量が求められますし、演出面も工夫が必要になりますが、記憶喪失なら人間という“ハコ”は同じなので演技面も演出面も負担が少ない。省エネの制作が可能なのです」(同)

 とはいえ、あまりにも同時多発的な記憶喪失設定――視聴者が求めているのかといえば、吉田氏は「そんなことはない」と懐疑的だ。

「効果的に作用すればいいのですが、記憶喪失キャラが続きすぎているので、視聴者は“これもか”と冷めてしまうのが実情でしょう」(同)

 まさかの“被り”連発――今、現実逃避をしたいのは、被ってしまったドラマの制作陣だったりして。