■血管内へヒアルロン酸の誤注入が起きたら皮膚壊死、失明、脳梗塞などの重篤な合併症につながる

 さて、ここからが本題である。このように、美容医療で一般的に使用されているヒアルロン酸だが、決してヒアルロン酸を侮ることなかれ。注入の際に、血管内へヒアルロン酸の誤注入が起きたら、皮膚壊死、失明、脳梗塞などの重篤な合併症につながるのだ。

 ヒアルロン酸の注入に伴う合併症は急性期から慢性期まで多種多様であり,施術に際しては,その起こり得る合併症とその対処法について、医療従事者は十分理解しておく必要がある。そして、治療を受ける側(患者サイド)もそのリスクをぜひ知っておいてほしい。

 もちろん、治療前に十分に説明を受けた上で患者の同意が必須である(インフォームド・コンセント)。ただ、実際に一語一句をすべて読み、理解している人や合併症を具体的にイメージできる人は少ないと思う。私だって、携帯電話やレンタカーの契約をする際に、契約書のすべての文言を読んでいるわけではない。そこで、本記事を通して、ヒアルロン酸注入治療の合併症を少しでも理解していただきたい。

 ヒアルロン酸注入による合併症のほとんどは、腫れ、痛み、発赤などの軽微なものである。ただし、重篤な急性期の合併症として、血行障害による失明、脳梗塞、皮膚壊死がある。これらは、血管の中にヒアルロン酸が詰まったり、血管を圧迫することで生じる。なお、ヒアルロン酸注入による合併症の発生数の把握は困難なので、発生率や有病率等は明らかでないが、解剖や動物実験によりその発生機序は解明されつつある。

■特に、鼻へのヒアルロン酸の注入による皮膚壊死の合併症は多い

 そして、最近の症例研究では,ヒアルロン酸の注入を原因とする失明は鼻部、眉間部、前額部(おでこ)への注入症例が多く、顎や口唇といった顔面下部へのヒアルロン酸製剤の注入を原因とする失明の発症の報告は少ないことが分かってきた。このように、顔面内でも危険部位とそうでない部位の存在が明らかになりつつある。なお、注入治療後の合併症として視覚障害を認めた48症例のうち、43%で皮膚障害を認めたとの報告もあるため、皮膚の症状にも注意する必要がある。

 特に、鼻へのヒアルロン酸の注入による皮膚壊死の合併症は多い。加えて、鼻の整形手術をした後は血行の状態が悪くなるので、より注意が必要だ。たとえ何年も前に手術をしていたとしても、そのリスクは変わらない。

 なお、晩期合併症(遅れて生じる合併症)としてバイオフィルム(微生物の集合体)や膿瘍形成などが報告されている。実際に当院でも何年も前に他院でおでこに入れたヒアルロン酸が感染し、すべて摘出するといった症例も経験している。そうなったら、大きな傷跡は残るし、整容性不満足は増すばかりで、本末転倒である。

 当然、血行障害による重篤な合併症を回避するためには、医師が顔面の解剖を理解し、正しい技術を身に付けることが必要不可欠ではあるが、残念ながら、現在、このような合併症を完全に回避する方法は存在しない。

 そのような背景があり、実は私は開業当初、合併症を回避するためにヒアルロン酸の注入治療は行なっていなかった。ただ、診療を続けていく中で、患者の希望や目的を達成するために、どうしても必要な施術と判断して、現在では導入している。そして、ヒアルロン酸の注入治療が第一選択になるケースも多い。

 ある意味、この記事は私自身への戒めでもあり、美容医療の患者とありえる読者の皆さんへの注意喚起でもある。ヒアルロン酸の注入という治療を安易に考えず、効果だけでなくリスクをゆめゆめ忘れず、判断していただきたい。

にしじま・あきお 1984年7月7日生まれ、富山県出身。形成外科・美容医療の専門医として10年以上、臨床と研究に従事し、2019年に開業。現在は東京・恵比寿こもれびクリニックの院長として勤務する。肌細胞の再生をキーワードに、美と健康のパーソナルドクターとしてオーダーメイド医療を提供している。