■『AKIRA』だけじゃない手塚治虫絶賛の大友作品
■『童夢』(大友克洋/双葉社)
「発表当時、『童夢』ショックという言葉があったんですよ。もちろん読者も作品を読んでビックリしたわけですけど、同業者の漫画家たちも“こんな漫画があっていいのか!”と衝撃を受けたんですね。
登場人物の老人が壁に叩きつけられて壁が丸く凹む有名なシーンがあるんですけど、そこなんて“どうしたら、こんな表現ができるのか?”って話題になりましたから。かの手塚治虫は“僕も描ける”って言ったらしいけど、完全に負け惜しみでしょう。後世の漫画家に与えた影響は果てしなく大きかったし、この1作で漫画表現を一段階上に押し上げたと言ってもいい。テクニック的な面を見ると、止め絵でちゃんと描かれているのもすごいです。流線でごまかさないのがさすがだなと。たとえば街がぶわーっと壊れるところも、適当に爆風と煙でごまかさないで壊れているビルを丹念に描いていく。『AKIRA』(講談社)を読んだら絶対に『童夢』を読んでほしいし、『童夢』を読んだら次は『Fire―Ball』(講談社)も読んでほしいですね」(黒沢氏)
■『鬼滅の刃』作者の伝説の漫画
■『吾峠呼世晴短編集』(吾峠呼世春/集英社)
「『鬼滅の刃』(集英社)の前身にあたる『過狩り狩り』を含む、読み切り4作品が収録された『吾峠呼世晴短編集』。なんだかんだ言っても『鬼滅』は少年漫画の文法に則ったところがあって、主人公は正義感をしっかり持っているんですね。つまり、基本にあるのは勧善懲悪の価値観です。だけど、吾峠呼世春の本質というのは別のところにある気もするんです。この短編集では強くて悪い奴同士が抗争を始めたりするし、持ち味が存分に出ています。そして改めてすごいと感じるのは、セリフでその人のありようが一発で現れている点。『人間ってそう簡単には悔い改めたりしませんからね』というセリフがクライマックスで登場するのですが、少年漫画が“成長”をエネルギーにしていることが多いことと考えあわせても独特だなと思います。実際、作中世界では悪人が1人死ぬだけで、死んだ親は帰ってこないし、世界は変わらないし、自分のつらさも変わらない。それでも生きている……というありようがごまかしなく描かれている点が異才たるゆえんだと思います。それが“正しさ”に対するアンチテーゼになっているとも言えますね」(倉本氏)
巨匠たちの1巻で読み終えられる漫画、是非、楽しんでいただきたい。
倉本さおり(くらもと・さおり)
書評家。共同通信文芸時評「デザインする文学」、文藝「はばたけ! くらもと偏愛編集室」、週刊新潮「ベストセラー街道をゆく!」等、連載多数。
黒沢哲哉(くろさわ・てつや)
作家、編集者。オンラインコミック『少年エッジスタ』元編集長。小学館版学習まんが人物館シリーズの「藤子・F・不二雄」原作等、漫画原作を多数手掛ける。