■「襲われる原因はほぼ100%飼育係にある」

「獣舎の安全対策は、日頃のチェックがなければ機能しません。建物の不具合や破損の点検も第三者の目で行なうことが必要です。また、死角を作ってはいけません。作業時に動物が見えていることが重要なのです。始業時に、『獣舎良し』『動物良し』『扉良し』『施錠良し』と指を差して発声する指差し確認を義務づけることで、飼育員の危険に対する意識が高まると考えています」(前出の小菅さん=以下同)

 それでも、さまざまな動物園で飼育員の事故は発生する。

「当然その都度対策は講じるのですが、どうしてもヒューマンエラーによる事故は発生してしまう。そのため、今は物理的に事故を防ぐ方法も工夫しなくてはいけないという議論が進んでいます。飼育員側の扉を最低2枚、猛獣の檻なら3枚つけるというようなことです」

 また、いくらベテランといえど、「動物との間に信頼関係なんかない」と小菅さんは指摘する。

「ベテランに多い事故の原因は、“自分には懐いているから、自分だけは大丈夫”という過信です。もし、世話をしている動物と心が通じ合っていると思っていたらその飼育係は危ない。襲われる原因はほぼ100%飼育係にあります。動物の虫の居所なんてわかりようもなく、何がトリガーになるか分からない。必ず自分の視界に動物を入れておくこと、そして絶対に彼らの想定外の動きをしないことが重要です」

 動物にとって想定外のことが起きたとき、彼らは瞬時に“攻撃モード”に入る可能性が高くなるという。たとえば、人間にとっては些細な「転ぶ」「つまずく」といった動作も“想定外”の事態の一つだ。

「動物は人間の動きを注意深く観察していて、“人が転ぶ”ことも、彼らにしてみればイレギュラーな動きです。だから飼育員は絶対に転ばないように、落ち着いてゆっくり歩くなど、その行動の一つひとつに注意が必要になります」

 なお小菅さんいわく、「肉食動物による大きな負傷や死亡事故が大々的に報道されるだけで、実際の事故はもっと多い」とのこと。ヒヤリとするケースはいくらでもあるという。

「旭山動物園でも、ベテラン飼育員が背後からトラに襲われ、生死をさまよった事故がありました。ただ、園として最も懸念するのは、動物が檻から出てお客さまを襲うこと。飼育員は、万が一のことがあった場合、たとえ自分が犠牲になっても動物を外に出すなと教わります」

 痛ましい飼育員の事故が続かないよう、徹底した対策が求められる。