■安価で美味なそばを提供したいという人情

 そば屋から“いか天”が消滅――。これはいったい、どういうことなのか?

『立ち食いそば大図鑑』(スタンダーズ)などの著書を持つ、立ち食いそばに詳しいライターの本橋隆司氏が、こう分析する。

「今、イカの漁獲量が激減しているんですよ。イカは現在、スーパーで1杯300円を超えている状況です。立ち食いそばの店でも価格据え置きが難しいことから、メニューから次々に撤退しているんです。やっぱり立ち食いそばは“安さ”も絶対条件ですから」

 しかし、イカ自体が不漁なのに 、“身”だけがメニューから消えて“ゲソ”が残っているのはなぜか。本橋氏が続ける。

「ゲソは、身よりもいくらか安価。それでも値上がりは避けられませんが、立ち食いそばとしての“適正価格”はなんとかキープできる範囲でとどめられる。僕は喜んで、これからもゲソ天に齧り付きますよ。そもそもゲソ天は、今のスタイルの立ち食いそばの原点とも言うべきトッピングですから」

 イカのゲソが立ち食いそばの原点――。その理由と立ち食いそばの歴史について、本橋氏が解説する。

「ゲソ天そばは、都内で50年以上続く古参の立ち食いそばである『六文そば』が元祖といわれています。イカの身より安い“ゲソ天”、エビの代わりの“オキアミ天”をトッピングにすることで、安くて栄養価も高く、おいしいそばを提供することができたんです」

 安価で美味なそばを提供したいという人情の表れが、ゲソ天そば発祥ということなのだ。

「さらにこのゲソ天、ゲソ1本そのままだと固くて食べにくいことから、後に刻んでかき揚げにするという進化も遂げています。つゆに浸して柔らかく、かつバラけないうちに食べると、これがウマいんです。紅生姜とあわせて食べるのもおすすめですね」(前同)

 その歴史を噛みしめながら、“小諸そば3000食男”が勧める「ゲソ天そば+かき揚げトッピング」を試してみた。

 確かにウマい! だが、大きな天ぷら2つを食べると胃がもたれる!

 しかも、このままイカの不漁が続けば、ゲソ天や、ゲソ入りのかき揚げがメニューからなくなるのも時間の問題かも……。

 そこで本橋氏に、さらなる“立ち食いそばの楽しみ方”を聞いてみた。

「小諸そばで考えるなら、冷やしたぬきに無料の小梅を合わせたり、濃いめの汁に無料のネギを入れて“味付けネギ”と卵ご飯にしても、おいしいですよ」

 また、「ゲソがなくても“かき揚げ”だけで十分、立ち食いそばは楽しめる」と、本橋氏は言う。

「カレーライスとそばのセットにかき揚げをチョイス。カレーライスにかき揚げを乗せれば、玉ねぎの甘みと相まって最高です」

もとはし たかし
フリー編集者・ライター。1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーに。雑誌やWEBサイトなどで活躍中。主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆。2013年に『立ち食いそば図鑑 東京編』、2019年に『立ち食いそば大図鑑』を上梓した。そば愛好者コミュニティ「東京ソバット団」の団長も務める。