■切なさあふれる姿、兄への怒りも沸騰した

 また、視聴者が千尋(中沢)に惚れたシーンとしては、5月14日放送回も挙げられる。

 当時、嵩(北村)が東京の美術学校へ進学し、夏休みに帰省していた。嵩は帰る前にのぶにプレゼントを用意していて、千尋はその伝言をのぶに伝える。

 しかし、そこでのぶの妹・メイコ(原)は千尋が切なげな表情でのぶを見送ったことに気づく。メイコの「もしかして千尋さん、のぶ姉ちゃんのこと……」「誰にも言わんき、心配せんといてください」という問いかけに、穏やかに照れくさそうな笑みで「いえ……メイコさん、ありがとう」と返す――というシーンが描かれたのだ。

 兄の恋心を優先して気持ちをしまい込む千尋の姿に、《好きなのに兄がうまくいくように場まで作るの、いい人すぎない?? 人間ができすぎてて泣けてくる》《兄思いすぎて泣けてくる》などの声が多く寄せられ、話題となった。

「恋愛だけでなく、兄を思って声を荒らげる姿も印象的でしたよね」(前出の女性誌編集者)

 それは、4月22日放送回で描かれた“嵩との大ゲンカ。当時、嵩は中学卒業後の進路に悩んでいたが、その折に一度は自分を捨てて再婚した母・登美子(松嶋菜々子/51)が帰ってきた。嵩は登美子への未練もあり、一方的に将来の進路を押しつけてきたときも強気に出ることはなかった。

 一方で千尋は登美子に良い感情を抱いていなかったが、嵩が「俺がいないほうが勉強はかどるだろ」などと自嘲めいた物言いで千尋に話したことで、取っ組み合いの兄弟げんかに発展。

 そこで千尋が「兄貴はなんおふくろの言いなりになるがな」「随分前に捨てたと思うちょったら、急にまた戻ってきて母親面して。あの人は息子を医者にして自分の居場所を作りたいだけやろうが! 兄貴はあの人に利用されゆうがよ! 兄貴だって本当は分かっちゅうはずや!」と言い放つ、という場面があった。

 その迫真の姿に、

《今まで爆発しそうな感情を抑えて、苦味のみを漂わせる演技に何度も唸ったけれど 今日はストッパーを外した姿を見た…あんなに喉が破れそうな発声初めて聞いた》
《今朝の嵩の…いや千尋の魂の叫びだって胸打たれました》

 など、絶賛の声が多く寄せられていたのだ。

『あんぱん』での、千尋の存在感――朝ドラウォッチャーであるドラマライター・ヤマカワ氏はこう分析する。

「53話(6月12日放送)で、千尋はようやく”のぶのことが好き”だと嵩に明かしましたが、兄貴思いの千尋が自分の恋心をずっと口にしなかったという、これまでの中沢さんの思いを込めた“無言の演技”があったからこその、感動的なシーンでした。

 そんな中沢さんの“無言の演技”で一番印象に残っているのは、第18回(4月23日放送)で、ケンカをした兄弟に伯父・寛(竹野内豊/54)が”何のために生まれて、何をしながら生きるか。見つかるまで、もがけ”と語りかけ、千尋が無言で小さくうなずいたシーンです。演技としては地味かもしれませんが、その瞳で、純粋に言葉の意味を受け入れ、考えている、優しく賢い千尋らしい姿を表現していました」

 6月12日放送回では、ついに嵩にのぶのことが好きだと伝えた千尋。「今度こそのぶさんをつかまえる」と、強い覚悟を語ったが、それが叶うことは――。

ドラマライター・ヤマカワ
 編プロ勤務を経てフリーライターに。これまでウェブや娯楽誌に記事を多数、執筆しながら、NHKの朝ドラ『ちゅらさん』にハマり、ウェブで感想を書き始める。好きな俳優は中村ゆり、多部未華子、佐藤二朗、綾野剛。今までで一番、好きなドラマは朝ドラの『あまちゃん』。ドラマに関してはエンタメからシリアスなものまで幅広く愛している。その愛ゆえの苦言もしばしば。