武田鉄矢が、心を動かされた一冊を取り上げ、“武田流解釈”をふんだんに交えながら書籍から得た知見や感動を語り下ろす。まるで魚を三枚におろすように、本質を丁寧にさばいていく。

『鬼の筆』(春日太一著・文藝春秋)という本を題材に、稀代の脚本家・橋本忍の人生を通して、日本映画の名作にまつわるエピソードの数々を武田流の解説とともに紹介しております。

 前回は、実際の事件をもとに冤罪と闘う4人の被告を描いた実録もの映画『真昼の暗黒』の脚本で観客を“泣かせる”ことに全力を注ぎ、注目を集めたところまで話しました。

 次に選んだのが、大脚本家の伊丹万作の“弟子”時代に習作として書いた『三郎床』という作品。

 田舎の小さな理髪店の主人が戦争という大きな悲劇に巻き込まれていく。その構図が面白いと伊丹万作師匠がえらく褒めてくれた。この脚本を、いつか映画にしようと胸に秘めていた橋本は、ある記事と出会った。それが『週刊朝日』(1958年8月17日号)の終戦記念特集に掲載された“処刑された戦犯の遺書”。その遺書にはこんな一文が載っていた。

《どうしても生まれかわらねばならないのなら、私は貝になりたいと思います》

 目にした瞬間、これはいける! と閃いた橋本は、すぐに『三郎床』をベースに脚本に取りかかる。

 田舎の小さな理髪店の主人が戦争に送り込まれ、戦地で上官から「捕虜の米兵を銃剣で刺し殺せ」と命じられるが、良心の呵責から殺すことができず、上官から容赦ない厳しい叱責を浴びる。

 終戦後に再び故郷で理髪店を営んでいた彼だが、突然やって来た特殊警察に戦犯として捕らえられ、軍事裁判にかけられ、死刑を宣告されてしまう。十三階段を上りながら自分の残した遺書を思う。

「もう人間には二度と生まれてきたくない。(中略)どうしても生まれ変わらなければいけないのなら、深い海の底で戦争も兵隊も無い、家族を心配することもない、私は貝になりたい」——。

 おそらく皆さんもご存じでしょう。主人公(フランキー堺)のモノローグで語られるこのセリフに涙した方も多いのではないでしょうか。さすがは「お客は泣かせなければいけない」が信条の橋本脚本だけあって、泣かせるのがうまい。

 58年にテレビドラマ化された『私は貝になりたい』(現・TBS系)は、私もぼんやり覚えておりますが、作品としての評価も高く『文部省芸術祭芸術祭賞(放送部門)』を受賞。橋本忍は映画に続いてテレビドラマでもドラマ史に残る傑作を生みだした。