■背格好の似た代役を立てれば予算削減?

 しかし、まだ問題がある。

「俳優はどうするんだ? 1年間、スケジュールを抑えるのか」

 ここで橋本の悪知恵が働く。

「引き画だから、観客は役者が誰だか分からない」

 これは私の勘だけど、あの有名な父子の放浪のシーンは、父役(加藤嘉)と子役(春田和秀)の俳優本人だけが出演しているわけではないと想像しました。引き画だから、背丈が、だいたい一緒だったら分かりゃしない。肝心な寄りカットだけキャストの2人を使って、それ以外は似たような背格好の代役を使って撮ればいいわけですから。

 こうして1年間にわたるロケが行われることになった。もともと小説には「その旅が、どのようなものだったか、彼ら二人しか知らない」と書いてあっただけ。「誰も知らない」って言うんだから、どう描こうと脚本家の自由になる。巡礼姿も小説には出てこない。おそらく橋本の頭の中には、あの一行を読んだときからはっきりと光景が浮かんでいたんでしょう。彼の地元の岡山の山辺を歩き、それから四国に渡る巡礼の姿が――。遠い思い出の中にそんな光景があったんでしょう。

 ところが、ここで橋本と山田洋次が揉めた。橋本は「放浪する父子を極寒の日本海の曇天の中を歩かせたい」と言った。この案に山田監督が反論する。

「いや、絶対にあり得ない。当てのない流浪の旅の人は、決まって寒いときは暖かいところを歩き、暑いときは涼しいところを歩く」

 それが鉄則なんだと、一歩も引かない山田洋次。

 皆さんも寅さんシリーズでご存じのように、山田監督は“香り立つような暮らしの匂い”を描かせると抜群にうまい。その根底にあるのは、“映画は絶対にリアルじゃなきゃダメなんだ”という山田流哲学。対して橋本流は“映画は泣かせなきゃダメなんだ”。この違いが面白い。

 この流浪の父子のシーンを巡って2人は結構、激しく言い合ったそうですが、結局、最終的には橋本の構想通りに撮ることになった。

 先日、山田監督にお会いしたところ、監督はいまだに、あのシーンについては不満げでした。

「僕はね、止めたんだけど、言うこと聞かないんだ、あの人は」

 でも、これは2人のイズムの違い。山田監督は“本気で嘘をつく”、橋本忍は“泣かせる嘘をつく”。それが彼らの映画のテーマだったんでしょうね。

 皆さんもご覧になったことがあると思いますが、『砂の器』のポスターは圧倒的な迫力で、見る者に強烈な印象を与えました。曇天の中、極寒の海沿いを歩く、2人の親子。まさに鬼手仏心の才能です。

鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折/春日太一 著
鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折/春日太一 著

稀代の脚本家・橋本忍の決定版評伝。第55回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。