■病床の父の言葉を信じ映画化実現に奔走

 そんなある日、橋本が故郷の父のもとに見舞いに行くと、枕元に『砂の器』の脚本が置いてあった。その昔、芝居小屋の経営をしていて大衆演劇に精通していた父は病床から息子の忍に語りかけたそうです。

「これは当たるよ」

 父は芝居の当たり外れをことごとく見抜く才能があったと言います。そんな父の目を信頼していた忍は「“父と子の悲劇”は当たる」と確信を持ってその言葉を信じた。

 映画化を実現すべく、橋本は再度動いた。映画製作のための個人プロダクションを設立、自らも製作費を負担し、企画を持ちかけると橋本の情熱に突き動かされたのか、ついに松竹配給で『砂の器』の映画化が決まりました。

 哀しい宿命を背負う男、和賀英良(加藤剛)は父の過去を隠しながら他人の戸籍を利用して別人になりすまし、天才ピアニスト兼作曲家として名を上げる。そんな彼のもとに現れたのが、彼ら父子の過去を知り、子供の頃に世話になった元巡査。世間に自分の正体がバレることを怖れた彼は、元巡査を殺してしまう。やがて事件を追う捜査の手が、和賀に迫る。

 物語のクライマックスは、和賀が演奏会で自らが作曲したピアノ協奏曲『宿命』を初披露するシーン。和賀がピアノをバーンと弾き始める。そこに逮捕に来た刑事が乗り込もうとする。それを丹波哲郎演じる今西刑事が止めて言う。

「待ってやれ。彼は今、父親と会っている」

砂の器(1974)チラシ
砂の器(1974)チラシ

 楽団が演奏する『宿命』をバックに、父子の旅が始まる。

 時に美しく、時に厳しい、日本の四季の中を、お遍路姿の父と子が静かに歩いていく。

《厳冬の津軽海峡竜飛岬に始まり、春の信州、新緑の北関東、盛夏の山陰、紅葉の阿寒。撮影隊は一年をかけて日本列島を縦断、その四季の絶景を旅する父子とともに撮っていった》

 そして朗々と丹波哲郎の声が語りかける。

「2人の旅がどのような旅であったか、知る者は誰もいない」

 実は、あれは人形浄瑠璃。三味線(映画ではピアノ協奏曲『宿命』)がずっと悲壮な場面に流れ、義太夫語りでセリフを入れるのが丹波哲郎。2人が黙々と歩くという儚さが日本の古典芸能の人形浄瑠璃の様式を取っている。これも橋本の構想。

 実は、この旅のシーンは当初セリフがあったそうです。ところが編集段階で橋本はセリフをすべてカットして映像と音楽だけにしたようです。