■新時代の幕開けに大ベストセラーとなったのは‟ビジネス書”だった

 それが明治4年に刊行された『西国立志編』(サミュエル・スマイルズ著)

 西洋の有名人、著名人、成功者、そういった人たちの成功談がひたすら挙げられている本。有名どころでいえばニュートン、ナポレオンなどなど、「この人は、こういう努力をしたから、こうやって成功しました」というような、まさに‟立身出世ストーリー”がびっしり載っている。

 一例で挙げられているのがジェームズ・ワットなる人物。この人は皆さんもご存じの電力の「ワット数」の由来となる人物。

 いわく、「ワットは天才だったわけではなく、勉強を習慣にして、勤勉に頑張り、忍耐力のある精神を身につけていたからこそ、あんな大発明ができたのだ」と書かれているそうです。

 要は「才能ではなく頑張って勉強して努力したから成功した」というサクセスストーリー。つまり『西国立志編』というのは「こうすれば成功するよ」という、いわゆる‟ハウツーもの”なんですね。

 この本が明治から大正時代に至るまで売れ続け、なんと100万部以上の大ベストセラーとなった。当時の日本の人口はまだ5000万人程度。実に50人に一人が読んだことになる国民的大ベストセラー。

 この本が刊行された‟明治4年”という年が象徴的ですが、身分制度があった徳川の時代から、明治がスタートするとすぐに‟身分に関係なく、勉強して偉くなれば、たちまち階級が上がっていく”という近代国家の仕組みに変わった。そこに、この本が登場して、欧米人が持っている‟セルフヘルプ”という自助努力、つまり「自らの力で自らを助く」という事例を、この本から学び取り、努力することで立身出世するという夢を日本人は思い描いたんですね。

 このことからも分かるように、当時の日本人が夢中になった本は、基本的には‟ビジネス書”なんですね。このジャンルから日本人の読書習慣が始まり、そこからベストセラーが誕生していった。この系譜には、私も読んだことがありますが、カーネギーの『人を動かす』とか、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』といった、現代でもベストセラーになっている自己啓発書がある。

 ちなみに読書人口の増加とともに書店も増加していき、明治末には約3000店だったものが、昭和初期には1万店を超えるまでに増えたそうです。そこから、さらに増えていった書店は現在、減る一方(現在は約1万店)。当時、うなぎ上りで増えていった書店数を見ると、いかに読書が盛んだったかが分かります。