■サラリーマンの心理を突いたキャッチコピー

 それが、“増巻計画”。

 当初「全37巻」だった出版計画を突如として変更。大ヒットに合わせて巻数を増やして、最終的には「全62巻(+別冊1巻)」と大幅に巻数を増やした。当然、購入者の支払い金額も増え、全巻そろうのに、なんと6年以上もかかる。

 そんな円本が大成功を収めた理由は、これだけではありません。

 そもそも40万件とも50万件ともいわれる購入者が、全62巻にもなる膨大な文学全集を本当に読んでいるのかというと……どうも怪しい。

 その謎を解くカギは『現代日本文学全集』が掲げるキャッチコピー。

『瀟洒(しょうしゃ)な新式の装幀で書斎の一美観』

 つまり「本の装幀(デザイン)がオシャレなので、書斎にこの全集をそろえて置くと、見栄えがするインテリアになりますよ」というセールストーク。今風にいえば“映える”。

 どうやら、最初から出版社サイドも“読む”前提ではなくて“飾る”目的で買う人がいるだろうと予測して販売促進していたんですね。それが、まんまとハマったってわけ。著者の三宅さんも、こう解説されています。

統一された全集の背表紙のほうが、インテリアとして映える。円本全集は当時増えていた洋式の部屋にインテリアとして重宝された。(中略)そう、ずらりと本棚に並べられる円本全集を購入することは、「実際に読まなくても読書している格好」をするための最適な手段だったのだろう。

 特に、サラリーマン層が“知的な置物”として円本を購入した。これは当時の日本に登場したサラリーマン層にとっては「自分は労働者階級ではない」と差別化するために、うってつけのインテリアになった。

 ひと言でいえば、“見栄っ張り”のための格好のアイテムが文学全集だったというわけ。

 ちなみに、インテリアのように本を置いておくことを何と呼ぶか。

 付けも付けたり、「積読(つんどく)」という。

 つまり「本を積んどく」から「つんどく」。

「インテリアとしても本は使えますよ」という新たな提案が、『現代文学全集』という円本の大ヒットにつながった。

 大正から昭和の初めにかけては、自分を“ちょっと知的に見せたい”サラリーマンがいっぱいいたんでしょう。

 円本の出版が「積読」なる「読まないで積んで置く」という新たな“読書のスタイル”を生みだしたんですね。

なぜ働いていると本が読めなくなるのか
なぜ働いていると本が読めなくなるのか

三宅香帆著。「大人になってから、読書を楽しめなくなった」――。自らも兼業での執筆活動を行う著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。明らかになった、日本の労働の問題点とは?

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。