■義経自死の十数年後、モンゴル帝国が樹立
また、チンギス・ハンは、前半生の史料が乏しく、突然、歴史の表舞台に現れます。最初に名前が登場したのは、彼がモンゴル帝国を樹立した1206年。義経が奥州で自死したとされる年から十数年後と、年代的にも一致するんです。
他にも、源義経の家紋の笹竜胆(ささりんどう)にそっくりな模様がモンゴル帝国で使われていたこと。義経の正式名称の“源九郎判官(はんがん)義経”と、モンゴルにハンガン湾があるという共通点。
はたまた、鵯越の逆落としに象徴されるように、馬を使った戦術に長けた義経だからこそ、モンゴル帝国の騎馬軍団が築けたという説があります。
ちなみに、美術史家の故・田中英道氏によると、江戸末期に長崎に滞在した、ドイツ人医師のシーボルトは、自著『日本』の中で、義経=チンギス・ハン説を支持していたそうです。
とはいえ、決定的な証拠がないので、これらのお話は臆測の域を出ません。しかし、もしも義経が海を渡って巨大帝国を築いていたら――。そんな歴史のロマンに、私はひかれてしまうんです。
貴乃花光司(たかのはな・こうじ)
1972年8月12日、東京都生まれ。88年、藤島部屋に入門。92年の初場所で、史上最年少の19歳5か月で幕内初優勝。兄・若乃花と「若貴フィーバー」を巻き起こす。94年11月に第65代横綱に昇進。幕内優勝22回。生涯戦歴は794勝で、「平成の大横綱」と呼ばれた。2018年に日本相撲協会を退職し、現在はテレビ、講演会等、幅広く活躍中。