■戦後、変容していく書籍市場

 そして戦後。戦時中は厳しい軍部の規制で本が読めなかった国民は読書に

飢えていた。そこに新しい書き手たちが登場する。太宰治、坂口安吾といった作家たちにより“戦後文学”というものが立ち上がる。

 ところが戦後まもなく読書のライバルが現れる。それがパチンコ・競輪・競馬というギャンブル。サラリーマンは娯楽を求めて、そっちに流れていく。また、テレビ放送(1953年)も始まり、戦後の日本には本以外の娯楽が増えた。

 そうした日本人を取り囲む環境の変化の中で、サラリーマンが求める読書の質も変わっていく。通勤時間内に読める、短編の読み切り小説が流行りだす。

 その代表が源氏鶏太の“エンタメサラリーマン小説”。サラリーマンの日常を描いたお気軽な話は、明治から大正にかけて流行った“教養”を目的とした読書とはかけ離れた、サラリーマンの娯楽のための小説へと変化した。

 その一方で、サラリーマン向けのビジネスハウツー本も売れ始める。『記憶術―心理学が発見した20のルール』『頭のよくなる本―大脳生理学的管理法』『日本の会社-伸びる企業をズバリと予言する』……といった、サラリーマンが喜ぶようなハウツー本。そうして、書籍は都市のインテリ層だけではなくてローカルのサラリーマンや労働者層も巻き込む市場へと間口が広がっていった。

 そんなふうに日本人の読書が変容していく昭和時代、武田にとっても強烈な読書体験がありました。

 歌謡界においては、遠い海の向こうのビートルズが英語版の恋歌を歌って日本の若者たちを夢中にさせていた。そのビートルズと足並みをそろえるようにして登場したのが、歴史小説家の司馬遼太郎。

 まだ高校生だった私は読書習慣なんてまったくなかったけれど、司馬遼太郎という作家は圧倒的でした。彼の魅力は歴史という教養を通して人間を磨き上げること。乱世に活躍するヒーローをサラリーマンに提示することにより、彼らに戦国の武将や明治維新の志士たちの生き方を学ばせるという手法。ヒーロー像を描きつつ、日本人を歴史教養という分野に引っ張り込んだ。

 彼のような文章を書く作家をそれまで私は知りませんでした。司馬遼太郎の作品は、文字が簡単に映像化していく。頭の中で映像が動きだすから、長編小説でも映画を見ているかのように何の苦もなく読めちゃう。