■知らない仕組みを身体に持つ女性ならではの感性
そして90年代がやって来ます。時代は昭和から平成へ。
平成の代表的作家として著者が挙げているのが、あの『ちびまる子ちゃん』の作者・さくらももこ。圧倒的文才を武器にしたエッセイが売れまくった。女性が持っている独特の感性が彼女には宿っていて、それが女性読者の共感を呼んだ。
例えば妊娠を知った彼女は、その体験・体感を、こんなふうに書いています。
私は尿のしみ込んだテスターを握ったまま、十分余り便器から立ち上がる事ができなかった。便座と尻の間に吸盤がくっついているかと思うほど、立ち上がるのが困難であった。この腹の中に、何かがいるのである。大便以外の何かがいる。便器に座り込んでこうしている間も、それは細胞分裂をしているのだ。私のショックとは無縁に、どんどん私の体内の養分を吸収しているのだ。
このエッセイ集のタイトルが抜群なんだ。
『そういうふうにできている』
男の頭から出てくるフレーズじゃないですよね。身体の中に、いくつも自分の知らない仕組みを持っている女性だからこその感性。
彼女がエッセイに書いた出産シーンがまたすごい。
遠い宇宙の彼方から「オギャーオギャー」という声が響いてきた。私は静かに自分の仲間が宇宙を越えて地球にやってきた事を感じていた。生命は宇宙から来るのだとエネルギー全体で感じていた。
宇宙といった表現が出てくる彼女の書く文章には、女性が好むスピリチュアル的な“神がかった感情”みたいなものがあります。
このような傾向は、さくらももこだけに限ったことではない。日本全体で、心への興味、その結果としての心霊現象への関心やスピリチュアル的な感覚が広まったのが1990年代前半だったそうです。
その他にも、遺伝子が反乱を起こすホラー小説の『パラサイト・イヴ』(瀬名秀明著)、哲学史の入門書の『ソフィーの世界-哲学者からの不思議な手紙』(ヨースタイン・ゴルデル著)なども当時のベストセラー。
テーマは「本当の自分」「生きる意味とは何か」「私とは何か」――。
自分の内面への哲学的探索が女性たちを先頭にして始まり、臨床心理の存在が、だんだんクローズアップされてきた時代でした。
90年代半ばに出たベストセラーは皆さんも覚えているでしょう。
『脳内革命』(春山茂雄著)。なんと驚くなかれ、あまりの売れ行きに3〜4か月ごとに100万部ずつ重版したそうです。内容は70年代にもあった自己啓発本。何が違うかというと、“どう行動すればいいか”自分がすべき行動まで書いてあったこと。つまり自分が変わるから行動が変わるのではなく、「行動を変えることで自分を変える」という新しいトレンドをつくった。
ちなみに90年代はトレンディドラマ全盛期。『東京ラブストーリー』や、私が主演を務めさせていただきました『101回目のプロポーズ』(ともにフジテレビ系・1991年)もヒットした。
これを見て私はなるほど、と思いました。金八先生は考えて行動する人だったけど、『101回目』で演じた達郎は真逆。
だってトラックの前に飛び出して「僕は死にましぇん!」だもの。好きな人に自分の思いを伝えるのに、トラックの前に飛び出さないとダメなんだから。
恋愛も達郎みたいに“行動が先にきて、後から考える”。つまり自分の行動を変えることによって、恋愛も成就させる時代の空気があった。
あのドラマの達郎は、まさに当時ブームだった『脳内革命』を地で行く“トレンディな男“だったのかもしれません。
三宅香帆著。「大人になってから、読書を楽しめなくなった」――。自らも兼業での執筆活動を行う著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。明らかになった、日本の労働の問題点とは?

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。