■人間にはノイズが必要なんだ

 さて、時は進んで2020年代へ。ここでのキーワードは「オタク」と「推し」。2021年の芥川賞作品は宇佐美りんさんの小説『推し、燃ゆ』。「推し」のアイドルを愛する女性の葛藤を描いた作品で、アイドルの応援活動に人生の実存を預けて生きる現代人の物語。

 ここで、著者は「オタク」や「推し」という生き方について、「自分の人生の文脈を生きるだけでなく、自分以外の文脈も人生を生きるうえでは必要なのだ」と述べております。

 この言葉で初めて気づきました。

「オレも推しがいるオタクだな」と。

 なにしろ18歳のときから坂本龍馬だけ、ずっと推してきましたから。私の人生の文脈には龍馬の文脈も必要なんですよね。

 さて、本書の締めとして著者は最後に、こう述べております。

 働き方、変えませんか。変えましょう。半身の働き方が普通になる未来が来ることを、私は心から願っています。そして働きながら本が読める社会になりますように。

「半身で働く」とは全身全霊で働くのではなく、体半分だけ働いて、あとの半分は“自分”というものを持つ生き方ということ。読みたい本を読み、自分の気になる文脈を取り込む生き方。人生全部を全身で働いちゃダメなんだ。半身で働いて、仕事以外の自分を、そっと持ち続けることが大事。

 本書を読んで気づかされたのは、「人間にはノイズが必要なんだ」ということ。本を読むということはノイズに出合うこと。

 この連載もそうですが、私の話は本当にくだらないノイズばっかり。でも、ときにはノイズが役に立つことだってあるはず。

 そういう意味で私は皆さんの良き虫の音であり、風の音であり、雨の音であり、波の音であり……そういうノイズでありたい。そう思うんです。

なぜ働いていると本が読めなくなるのか
なぜ働いていると本が読めなくなるのか

三宅香帆著。「大人になってから、読書を楽しめなくなった」――。自らも兼業での執筆活動を行う著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。明らかになった、日本の労働の問題点とは?

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。