■男の虚栄心を刺激するお大尽ビジネスの中身

 その道中も豪華絢爛のパフォーマンス付き、見物人たちの間で「どこどこの誰々が指名したらしいぜ」と指名した客の評判も上がる。これはもう金を持っている“お大尽”の証。金持ってない野次馬連中が指をくわえて見てる中を悠々と花魁と特別室へ向かう。そんな、男の虚栄心も刺激するうまいビジネスだったんだ。こんな話を聞けば、男なら誰だって一度は花魁を呼んで、お大尽様になってみたいと思いますよね。

 ところが、ここからが吉原システムの簡単じゃないところ。私の知っている範囲で紹介しますと、指名してスイートルームに行ったから、男女の仲になれるわけじゃない。初めて会ったその日は、何にもできないらしい。

 じゃあ、男女の仲になれるのはいつかというと、花魁のほうから「なじみになった」っていう“OK”が出たら。それで、ようやく念願かなって特別なベッドルームに案内されるわけ。
 指名して“即日OK”ってわけじゃないのが吉原なんだ。単なる性風俗ではなく、拒否権が女性サイドにある。そこで男が駄々をこねたりしようものなら、翌日の昼間には、その話が江戸中に広まるらしい。そして、その男は「野暮」の烙印を押されることになる。いくら銭を持っていても、みんなから小馬鹿にされちゃう。今で言えば、常に記者に張り込まれているようなものだったということ。

 憧れの花魁と2人きりになれたからといって、ガツガツがっつくような野暮な真似はしちゃいけません。

 つまり吉原のシステムというのは、限りなく“恋愛”に近づけてあるんですね。初めてのデートでお近づきになって、二度三度とデートを重ねていくうちに「あなた、いい人ね。そろそろ、いいわよ」で、しっぽり濡れる……。

 ここに日本の性文化があるんですね。「いとも簡単に、たやすく金で女が買えると思ったら大間違い」っていう江戸の小粋があったということを、ぜひお忘れなく。

 では、なぜ吉原という“恋愛特区”が必要だったかというと、江戸という街の切実な事情によります。当時100万人都市といわれた江戸の街ですが、男女の比率がむちゃくちゃで、男が女の倍近くいた。もう野郎ばっかり。とにかく女性が少なかったせいで、独身で生涯を終える男が圧倒的に多かった。

 そこで、現実では体験できない夢のような恋愛とハネムーンの夢を見せてくれる場所が必要になる。吉原には高嶺の花の花魁以外にも、もっとお気軽に町人たちにも手が届くお女郎さんたちもいっぱいいた。

 気に入った女性と出会い、デートを重ねるうちに仲が深まり、やがて甘いハネムーンへと旅立ち、結ばれる。憧れの疑似恋愛体験ができる。

 男にとっての夢世界、まさに“ラブランド”のようなテーマパークが吉原だったんです。

 次回以降で、蔦屋がこの吉原で、どうのし上がっていったかのお話をさせていただきます。乞うご期待!

蔦屋重三郎―江戸の反骨メディア王―
蔦屋重三郎―江戸の反骨メディア王―

増田晶文著。20代前半で吉原大門前に書店を開業し、出版界に新風をもたらした蔦屋重三郎。吉原の「遊郭ガイド」を販売し、「狂歌」や「黄表紙」のヒット作を生んだ背景  “江戸のメディア王”の波乱万丈な生涯を描く。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。