■独自のルートで集めた 花魁の最新情報が満載
その「吉原細見」に、蔦重は「取次業務」および「細見改」として参画します。
細見改というのは、今風に言えば「取材・編集担当者」のこと。吉原で遊ぶには欠かせない、妓楼の紹介や料金、引手茶屋の案内、宴席に呼ぶ三味線やら太鼓といったプレーヤーのリストアップや料金などなど、詳細を調べて載せるのが細見改の仕事です。
生粋の吉原育ちの蔦重はまさにうってつけの人材で、独自のルートを使って集めた花魁やお女郎さんたちの最新情報が満載だったそうです。
吉原細見をきっかけに出版界デビューした蔦重ですが、最初は江戸の出版の中心地、日本橋に本店を構える大手出版社『鱗形屋』の下請けとして参画しております。
それが次第に「蔦重の編集した細見は面白い」とどんどん評判になっていく。 蔦重の面白さはどこにあるのか。彼が作った本の中に、こんなタイトルの花魁紹介本があります。
『一目千本 花すまい』
これはものスゴく凝った本でして、一流の絵師(北尾重政)が最高の絵で遊女を紹介する画集で、いわばグラビア本。といってもただ美人画を描いて載せるわけじゃない。描いてあるのは、“花の絵と遊女の名前”なんだ。遊女を花に見立てて紹介していのが、なんとも粋でスマートなんです。
例えば、野ばらの花が細長い花器に生けてあれば、その遊女は「少々とげがある」という評判で、細長い器が描かれていれば、「なるべく、しつこく追っかけたほうがオチますよ」なんて、遊女の攻め方が分かるという仕掛け。
わさびの花と葉っぱが描いてあれば、葵は根っこがわさびで鼻にツンと来るから、「この遊女はツン……とした臭いがする」。
ヤマブキの花がいっぱい咲いていたら、「笑顔いっぱい、愛嬌いっぱいな子ですよ」みたいなことを絵で表現している。
ただし、一つ問題だったのが本の制作費。
一流の絵師に頼むうえに、花の色合いがキレイに出るカラーグラビアだから紙質もいいし、印刷代も高くつく。そこで蔦重は、どうしたか。あろうことか、本に載せる花魁たちに話を持ちかける。
「あなたを花に見立ててグラビアで紹介したい。ひいてはご相談なんですが、あなたを推しておられる旦那様がいらっしゃったら、いくらぐらい出していただけるんでしょうかねぇ?」
前金制にして、資金を調達するようにした。花魁たちもプライドがあるから、自分のごひいき筋にうまいこと話を持ちかけて、「あちきの旦那様は100冊分出すとおっしゃっておいででありんす」なんて金を引っ張ってくる。
蔦重のもくろみは見事、大当たり。身銭は切らずに、画期的な花魁紹介本を作って評判を上げた。
さすが「近代出版の先駆者」と言われるだけあって、斬新なアイデアと卓越したビジネスセンスですよね。
増田晶文著。20代前半で吉原大門前に書店を開業し、出版界に新風をもたらした蔦屋重三郎。吉原の「遊郭ガイド」を販売し、「狂歌」や「黄表紙」のヒット作を生んだ背景 “江戸のメディア王”の波乱万丈な生涯を描く。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。