■狂歌ブームの火付け役、大田南畝

 そもそもの狂歌人気の火付け役は上方だったそうですが、どうやら江戸では、浪花狂歌はウケなかったようです。「下品」「がさつ」などと敬遠されて人気がなかった。蔦重たちも「浪花の狂歌は面白くねぇ。江戸の狂歌が一番だ」っていうんで、対抗心もあったらしい。

 現代でいうところの東西のお笑い論争のようなもの。かつて、東京のお笑いは上方漫才や落語をわりと上から目線で見てましたよね。ところがそこに、(明石家)さんま、(島田)紳助、ダウンタウンみたいな天才が現れたことで、大阪のお笑いに楽々と箱根を越えられちゃった。

 狂歌ブームのときの蔦重は、断固として浪花狂歌をバカにして弾きだし、江戸発の狂歌で江戸の庶民たちを熱狂させた。

『べらぼう』でも、そんな革新的な蔦重の周りには江戸の文化人たちが集まってきますが、その中の一人にドキッとする人物がいましてね。

 それが狂歌ブームの火付け役となった天才狂歌師「大田南畝(おおた・なんぽ)」、またの名を「大田蜀山人(おおた・しょくさんじん)」。

 あっしねぇ、昔、この役をやったことがあるんですわ。NHKの『橋の上の霜』(1986年)というドラマで大田南畝役を演じたことがあるんです。

 吉原のお女郎さんに恋をして通いつめるんですが、本妻さんが焼いちゃって、どうにも身動きが取れなくなって苦しむっていう侍の役。

『べらぼう』では桐谷健太さんが演じておりますが、役者っていうのはヤキモチ焼きですねぇ。ドラマを見ていると「俺だったら、こんなふうにやらない。もっと、こう演じてやる」と思ったりするんですよね。

 さて、大田南畝ですが、彼のペンネーム(狂歌名)は「四方赤良(よもの・あから)」というんです。

 このペンネームの由来がまた面白い。「四方」は江戸を代表する酒屋のご主人の名前(四方久兵衛)で、この酒屋の酒は、みそを酒のツマミに舐めながら飲むとうまかったんで、それを繋げて「四方赤良」とした。

 江戸の住人なら誰でもピンと来る、洒落の効いたペンネームを付けるあたり、さすが狂歌の天才といったところでしょうか。