■36歳で演じたときは分からなかった、太田南畝の面白さ
ここで私自身の思い出をお話しします。前回も少し触れましたが、私は36歳のときにNHKドラマの『橋の上の霜』という時代劇で大田南畝を演じております。後に『御宿かわせみ』などのNHK時代劇で成功を収める、女性作家の平岩弓枝さんが原作小説を書かれていました。
ありがたいことに私に主役の南畝役のお鉢が回ってきました。出演陣も、すごいメンバーなんですよ。私の同僚で親友の役が菅原文太さん、その奥さんが新珠三千代さん。私の妻が多岐川裕美さん。私が恋するお女郎さんが秋吉久美子さん……錚々たるメンバーで、制作陣も相当張り切っていたんだろうなと思います。
ですが……本当に申し訳ございません。正直に白状しますと、私、このとき全然、力を入れずにやっておりました。なぜかというと、そのとき私、坂本龍馬に夢中だったんですよ。龍馬に熱狂していたせいで、幕府方の人間を演じるのに、あんまり熱心じゃなかったもんでして(笑)。
当時、撮影現場で平岩弓枝さんが私に話しかけてきました。
「大田南畝っていう人、調べると面白いよ」
なんだか、私がツンケンしてるように見えたんでしょうね。気を遣って声をかけてくれた。
あのとき平岩さんが「大田南畝は面白い」とおっしゃっていたことが、36歳からウン十年経って、ようやく分かりました。南畝と蔦重が、いかに時代を面白がって生きていたか。
『橋の上の霜』の物語は、吉原に入れ込んで、通い詰めては、おふざけばっかりしてる下級武士の大田南畝(役名・大田直次郎)が、松平定信の改革によって質素・倹約から吉原への出入りを禁止されて、ゆっくりと普通の侍の生活に戻るというサラリーマンものっぽい話でした。その物語の中で、南畝が松平定信の悪口を言ったという噂が立ちます。
『世の中に 蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶといふて 夜も寝られず』
「世の中に蚊ほどウルサイものはいない。“文武”と口うるさく言って夜も眠れない」と、幕府の方針で文武を奨励した松平定信を痛烈に皮肉った狂歌です。
作者不明のこの歌ですが、「作者は南畝だ」という噂が広がって、南畝は上司から呼びつけられて、「おまえがやったんだったら幕府に対する批判だぞ。大変な罪を背負うことになるぞ」と脅されます。
当時のご時世では幕府を非難する者は切腹。他人が作った歌で腹を切らされちゃ、たまらない。なんとか身の証を立てる手立てはないものか。そこで、窮地に陥った南畝を救ったのもまた、自身が詠んだ狂歌でした。