■誰よりも早く先に外に出たつもりが

『世の中は われより先に 用のある 人の足あと 橋の上の霜』

 歌の意味を武田の言葉で解説すれば、「自分は朝早い仕事があるから世間の人たちが眠ってる時間に目を覚まして、誰よりも早く働きに出かけようとしている。……あら、違う違う。自分より早く働きに出かけている人がいる。もう誰か歩いているじゃないか。表に出たら橋の上の霜に、下駄の跡」という、なんとも味わい深い歌。

 南畝を呼び出した上司がいい人で、この歌を気に入ってくれるんですね。

「心に沁みる、良い歌じゃ」

 それで疑いが晴れる。

 私は、この歌を聞いて「大田南畝って、うまいなぁ」と、つくづく思いました。今からもう40年近くも前になるけど、当時、心に残った、この歌のことを忘れないんですよね。

 ここで初めてネタばらししますが、この歌をモデルにして金八先生の『スタートライン』(第4シリーズ主題歌)という曲を作りました。

♪夜明け前の薄暗い道を 誰かがもう走っている♪

 実は、この歌詞、南畝の狂歌から影響を受けました。

 その後、南畝は洒落本や娯楽本に対する幕府の取締りが厳しくなったことで狂歌の世界から身を引き、蔦重のもとを去ります。最期は登城の道での転倒が元で、75歳で死去。南畝の辞世の歌が、こちら。

『今までは 人のことだと 思ふたに俺が死ぬとは こいつはたまらん』

 最後まで狂歌の精神、ユーモアを忘れなかったのが、大田南畝という当代随一の狂歌師なんですね。

 さて話を蔦重に戻せば、相変わらず娯楽本や洒落本を出し続けました。時に幕政への皮肉や批判を交え、定信を容赦なくあげつらう戯作も評判を呼び、“江戸の反骨メディア王”の面目躍如。ところが、そうした蔦重の反骨精神がお上から目を付けられ、とうとう奉行から財産を半分没収されるという大変厳しい処分を受けることに。

 それでも、めげないのが蔦重。次に目を付けたのが浮世絵だ。皆さん、ご存じの葛飾北斎、東洲斎写楽といった浮世絵師たちを発掘したのも蔦重なんですね。今でいうエロ本の“春画”で有名な喜多川歌麿も蔦重が育てた。

 蔦重が出した歌麿の春画『歌満くら』の中に、いい絵があるんですよ。縁側に横たわる女性のバックショットで、膝を立てて大股開き。その膝の間に恋人の男の姿が見えている。

 いやらしいよなぁ。構図がいい。男を興奮させるのは、やっぱり構図だよね。歌麿が描いた浮世絵の女は抜群だもの。今で言えばエログラビア。あのいやらしさに性の力強さがある。

 吉原ガイドブックからスタートした蔦重が作りたかったのは、まさに庶民を喜ばせる本。

 もし今、蔦重が週刊誌を読んだら、パンと手を叩いて、こう言うでしょう。「面白れぇ! あっしが作りたかったのは、この本ですぜ」。

 蔦重に負けちゃいられねぇ。頑張れ、週刊誌!

蔦屋重三郎―江戸の反骨メディア王―
蔦屋重三郎―江戸の反骨メディア王―

増田晶文著。20代前半で吉原大門前に書店を開業し、出版界に新風をもたらした蔦屋重三郎。吉原の「遊郭ガイド」を販売し、「狂歌」や「黄表紙」のヒット作を生んだ背景  “江戸のメディア王”の波乱万丈な生涯を描く。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。

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