■長野の温泉地で見たとある光景

 紅葉を見ながら、その向こうに高層ビルが立ち並ぶ公園の芝生で、のんびりと昼寝ができる安堵感。そんな、のどかな秋は、日本にしかないのかもしれないですね。

 そして冬。これは私が冬に長野の温泉地に行ったときに体験したこと。雪山の中を歩いて、ある光景を見に行ったんですが、その場所に着いたら、200人ぐらいいる観光客の中で日本人は私の家族だけ。あと全部、外国人でした。

 彼らが眺めているのは“湯船につかるサル”。雪が降る頃に、サルが利用する露天風呂があるのは日本だけ。外国人はみんな、湯船につかってるサルを幸せそうに見ている。こんな幸せで、あったかい気持ちになれる冬は、日本にしかない。

 こうした四季の素晴らしさを説明したくて、日本人はあえて論理を飛び越えても言いたかったのではないだろうか。

「日本には四季がある」と。

 それは国際的な“フォーシーズン”の四季とは全然、意味が違う。つまり、より正確に言うなら、
「日本には、日本にしかない四季がある」

 これが【四季】という日本語に秘められた奥深い意味ではないでしょうか。

 そしてマライさんが不思議だと感じた、もう一つの日本語。【おもてなし】の心。

 これは、あるドキュメンタリー番組で見た、京都の老舗旅館に泊まったイギリス系ジェントルマンのエピソード。

 その旅館のおもてなしは、障子を開けて季節の庭を眺めながら食事を楽しむというサービス。庭の灯篭にローソクを灯して、月明かりの下で日本庭園を食事とともに味わう。

 イギリス系ジェントルマンが驚愕したのは、そこから先。

 先付の前菜から始まって日本酒が置かれる。彼が先付に手をつけて日本酒を飲み終わった瞬間に、女将がスッと襖を開けて次の料理と2本目の日本酒を持ってくる。また、食べ終わると襖が開いて次の料理が出てくる。そして、彼が満腹で、おなかをさするとデザートの柿が出てきた。

 驚いた彼は部屋中あちこち見回して、「監視カメラがあるんじゃないか」と探している。

 もちろん、そんなものが付いてるはずはない。でも、彼からすれば「あのタイミングの良さは、誰かが監視してるに違いない」と驚かざるをえなかった。手なんぞ叩かなくていいし、呼び鈴を鳴らさなくてもいい。

 日本人が持っている、察する能力とお客さんの気配を感じ取る能力。

 おそらく日本人は、こうした我が国独特の接客サービスのことを、「日本人は、おもてなしの心を持ってます」というんでしょう。

 四季・おもてなしという日本語の奥には「他の国にはない、日本独特の、日本人にしかない」という意味が秘められていたんですね。

日本語再定義
日本語再定義

ドイツ出身で、文芸評論に翻訳、コメンテーターなど、幅広く活躍するマライ・メントライ。彼女が日本語の構造や日本人の感性を論じた話題作。鋭い観察眼に、つい、ハッとして唸ってしまう。

武田鉄矢(たけだ・てつや)
1949年生まれ、福岡県出身。72年、フォークグループ『海援隊』でデビュー。翌年『母に捧げるバラード』が大ヒット。日本レコード大賞企画賞受賞。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)など出演作多数。