■萌え=「武士道的禁欲」?

 オタクたちが少女に、性的欲求を持っていたとしても、その欲求を……寸止めする! その一連が“萌え”なのだとマライさんは言います。発散しちゃいけないのよ。その子が性的にものすごくチャームであっても、ピタッと抑えて、それ以上は一歩も近づかない。

 かつてストリップ劇場に鳴り響いたお馴染みのアナウンスがありましたよね。

「踊り子さんに触れないでください!」

 これと同様にジェントルでいられるかどうか。その女性が全裸で立って欲情をそそるような笑顔でこっちを向いても、両の拳を膝の上にしっかと置く、欲望の寸止め。

 本書には次のように書かれています。

「幼女・少女的なものに向けられる性的欲求の寸止め」から抽出されるサムシングの上澄みを精製した感情が「萌え」なのだ!

 

 これって、一種の“武士道”ですよね! 「死ぬことと見つけたり」っていう武士道では「恋心は秘めることだ」。秘めるがゆえに、それは恋なのであると。

 憧れの少女たちに対する、完璧に抑え込まれた欲望の寸止め。もしかしたら「萌え」というのは深い部分で、武士道の精神に相通じるものなのかもしれません。つまり萌えは「武士道的禁欲」ともいえる。

 たとえば好きな女性をつけまわすストーカーみたいな連中にないのは、この“萌え精神”なんだ。寸止めにしないとカッコ悪い。

 このセクシャルな情動とタブーの感情、そして対象に対して萌えるという行為には、どこか“神聖っぽい感情”が秘められています。聖なるものを眺めるような感情を含むのが萌えなんですね。

 そうでなければ、初音ミクなんていう仮想現実の少女に惚れたりしないもの。一切触れることができないバーチャルアイドルに恋する、神聖なる萌え体験。

 ……オレ、バーチャルアイドルだけは分かんねぇ。触れもしない子に入れ込む気持ちが理解できないもの。世代もあるのかな。

 次の言葉にいきましょう。

【エモい】

 これは形容詞として使われますが、ただ単に嬉しい・悲しいだけではなく、寂しい・懐かしい・切ないという、感傷的、哀愁的、郷愁的なしみじみする状態。

 そんな形容しがたい心情を表現するときに、現代の日本人、特に若者たちは「エモい」と言います。もともとは「エモーショナル(感情的)」からきた言葉でしょう。