■ドイツには“ホラー”がない

 ところが、驚くことに、ドイツにはホラーというジャンル自体がないそうですよ。だから本屋さんの棚にも“ホラーコーナー”がない。内容に即して「ファンタジー」「サスペンス」「ミステリー」「ヴァンパイア」……などのコーナーに振り分けられるそうです。

 日本のホラーのように、観客の想像力に訴えた“理由なく怖い”というジャンルはないんですね。

 日本人のオカルト好きは、日常の中でも感じます。いわゆる“幽霊(霊)”の存在を身近に感じている節があります。

 実際に私が沖縄のゴルフ場で体験した例を一つ。

 誰かがミスショットしたボールをキャディさんが取りに行こうとしたとき、こう言ったんです。

「ごめんなさい。お客さん、あそこに日本兵が出るの」

 ロストボールを探しに行くのが嫌なときには、森の奥に日本兵の幽霊が立っている、と言えばいい。こっちも怖くなって「いいよ、いいよ、探しに行かなくて」ってなっちゃうもの。

 日本という国は、ゴルフ場に霊が出る(……からボールを取りに行けない)というオカルトがポピュラーにまかり通るほどのホラー大国なんですね。

 さて、そんなオカルトを信じがちな我々日本人ですが、話を本題の「呪う」に戻しましょう。マライさんは「呪う」という行為について、同書にこう書いておられます。

そこで最も印象深く切実なテーマとして浮上するのは「満たされない者の怨念」であり「道理の破壊」の願望であり、そしてその実行手段としての「呪い」である

 

 満たされない者の怨念、道理を破壊したい願望、そういうものを日本人は「呪い」に結びつける。

 ……といっても、これだけではピンと来ないでしょうから、武田流解釈を一つ。

 皆さん、覚えておいででしょうか。今から遡ること約10年の2016年2月。インターネット上のある書き込みが大変な話題となりました。

 ある女性は匿名でインターネットのブログにこんなことを書き込んだ。

《保育園落ちた日本死ね!!!》

 保育園に落ちて子供を預けられない母親の書き込み。この母親の怨念のすさまじさ。我が子が保育園に入れなかったことで、日本全部が滅びることを願った。