教科書には載っていない“本当の歴史”――歴史研究家・跡部蛮が一級史料をもとに、日本人の9割が知らない偉人たちの裏の顔を明かす!
前編に続き、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主役・秀長の実父は誰かつまり、その実母・大政所のお相手について、彼女の不倫疑惑を中心に検証する。《前編はこちらから》
一時、秀吉の父が木下弥右衛門で、秀長の父が竹阿弥だという異父同母=種違い兄弟説(前編)が一般化した。だが近年、より信頼できる史料から秀長の父も木下弥右衛門とする説が通説化しつつある。その史料が瑞龍寺所収の系図だ。瑞龍寺は秀吉と秀長の姉(瑞龍院)が京の嵯峨村雲に建立した日蓮宗寺院(後に滋賀県近江八幡市に移築)。ここの系図に瑞龍院の父(妙雲院)の没年が「天文十二年癸卯一月二日」とある。
天文12年(1543年)は『系図簒要』などで確認できる秀長の生年(天文九年)の3年後。この人物(妙雲院)の俗名が木下弥右衛門なのかどうか判別しかねるものの、彼が姉(瑞龍院)の父であるのは間違いなく、秀吉と秀長もこの妙雲院の存命中に誕生している。したがって秀吉と秀長二人は、姉の瑞龍院同様妙雲院と大政所の間に生まれた同父同母の兄弟ということになるわけだ。
しかしそれは、大政所が夫(妙雲院)以外の男性と密通した可能性を除いての話だ。実は南蛮人宣教師フロイスの書いた『日本史』には、大政所が性に奔放な性格だった一面が記されている。つまり、彼女が夫の存命中に不倫をした疑惑の真偽が問題となってくるのだ。