■経営者なら「苦しくても我慢し続ける」
――実際に経営者となってみて、苦労したりしませんでした?
上原 それは少なからずありますよね。経営って、やっぱり最初ってお金がかかるんですよ。お金がなくなっちゃって、消費者金融で借りたこともありました。
それでも気合いで乗り切るしかないんですけど(笑)。それが続くわけじゃないし、もっといろんなことに挑戦したいという気持ちのほうが強かったです。ただ、そこで少し失敗をしてしまい……。
――失敗、というのは?
上原 コンセプトカフェのほうをちょっと広げすぎてしまいまして、減らしていかないといけないなとなり……。キャッシュを回すのが下手だったんですよね。それ以外にも、失敗というか、経営の難しさを実感することは多々ありました。
――どのへんが難しかったですか?
上原 対人関係が多いですね。スタッフとの距離感に悩んでいた時期がすごくありました。経営者と現場スタッフの距離感って、友達感覚ではないし、離れすぎても「関与してない」と思われるし……っていう感じで。
――やはり経営者というのは苦難の連続ですね。これまでの仕事と比べて違いを感じたことはありましたか?
上原 お金に対する考え方ですね。セクシー女優って「これをやったらいくらもらえる」という対価が決まっているじゃないですか。でも、経営者にはそれがない。反対に、お金を出してもマイナスになるし、「この時間ってなんなんだろう……」と思うこともすごく多くて。
そのギャップを埋めるのが、めちゃくちゃ大変でした。それがたぶん、セクシー女優のセカンドキャリアで起業を考える人がそんなに多くない理由なんだろうなと思います。
――それでも上原さんが実業家の道を選んだ理由は?
上原 セクシー女優の場合、引退後に復帰する女優さんも少なからずいて、それはそれで選択肢として間違いではないと思うんです。
でも私の場合、「そしたら、また引退する時期が来て……の繰り返しになっちゃうと、自分が40歳、50歳になったときに、どうなっているんだろう」と思ってしまったんですよね。だから、「苦しくても我慢し続ける」という道を選んだというのはあります。
――壁を感じても耐えて乗り越える道を選んだ中、引退興行から6年後の2022年に、ロック座の舞台に立たれました。このとき出演を決意した理由は何だったのでしょうか?
上原 そのときは、美容サロンやコンセプトカフェなどのセカンドキャリアを築く自分を世間の人たちに知ってほしかったという意図がありました。話題作りという部分が大きかったですね。
――そして今回は、海外の人に日本の良さを伝えたいということでしたよね。
上原 そうです。そこが前回とは全然違うんです。日本の良さというか、海外から来てもらった外国の方に、日本の文化に触れてほしいという純粋な思いがあったんです。それを伝えるために、私ができること、私にしかできないことって何だろうと考えて決断しました。
取材・文/有山千春
【後編】宣伝や話題作りではなく、日本の文化を海外に発信するためにロック座の舞台に立つとは、どういうことなのか。そして、上原さんにしかできないこととは――。後編では、最後のステージとしてロック座に立つ決意と意気込み。そしてストリップに対する思いを上原さんが語ってくれている。
1992年11月12日生まれ。2011年にセクシー女優としてデビュー。2013年にDMMの年間AV女優ランキングで1位[9]、2014年にDMMアワード2014で最優秀女優賞プラチナを受賞するなど絶大な人気を誇り、2016年に引退。2019年にYouTuber、インフルエンサーとして活動を再開し、活躍。現在は国内外を跨いで会社を経営するなど、実業家としても活動している。