■悲惨な人生の末期にならないためには

 今や万が一、体を壊して働けなくなって医療費が底を尽いたら大変だ。誰も助けてはくれない。そんな悲惨な人生の末期にならないために、一生懸命努力しなくてはならないのが現代の日本の老人たち。

 かつての日本には“隠居世代の老人”に重大な責務があったと思うんだ。マライさんはこう書いています。

今後、隠居できず引退できず、さりとてアップデートもできない層から発生してくる怨嗟こそある意味ホンモノであり、無視できない (マライ・メントライン『日本語再定義』小学館)

 これを武田流に解釈すると、時代に取り残された老人たちのボヤキも、社会の発展にとって大事だということ。

 私は同世代のご同輩たちにもっと、「不平不満に対して声を上げよう」と言いたい。働く老人たちの声が世のため人のためになっていたんだ、あの頃は。

 たとえば、産業技術とか情報技術分野には非常に不出来なものがある。若い人は使いこなせても、老人は使いこなせない技術があって、それは改良の余地がある。皆にとって使いやすい商品やサービスのほうがいいに決まっている。そのことをジャッジする意味合いでも、我々高齢者はもっと不満の声を上げていい。

 ご同輩、思いませんか。我々世代から見ると、世の中には不良品があふれてますぜ。

 ネットのSNSなんてものが誹謗中傷に満ちて人を傷つけたり、あるいは自死に追い込むなんていう手ひどい犯罪の手先として使われたり、闇バイトだのなんだの、詐欺師の道具に利用されるのがスマホなら、それはやっぱり出来損ないですよ。

 車だってね、申し訳ないけど、老人がアクセルとブレーキを踏み間違えたら止まるようにならないかな。これだけ老人のペダルの踏み間違えの事故が多いんだから、改良してくださいよ、とお願いしたい。

 ……そうやって気にし始めると、次々と不満なものが出てきます。

 私、最近、四十肩になっちゃってさ。七十過ぎて四十肩っていうのもおかしい話ですけどね、とにかく両の掌の握力が落ちちゃった。それでこの前、水飲もうとペットボトルを開けようとしたら、キャップが開かないのよ。あれ、結構しっかり閉めてあるんですよね。特に炭酸系。まったく開かない。これも隠居老人がぼやきたくなるポイント。

 そう考えてみると、老人には使いにくい物って、いっぱいあるんですよね。

 最近、最も腹が立ったのは“ウナギ弁当”。ある地方のイベントに出演した帰りに、主催者の方から「帰りにお食べください」ってウナギ弁当をいただいたんですよ。帰りの電車で食べようと思って開けたら、なんとも見事なウナギがのっている。

 さあ食べようと思って、ビニールに入ったタレをかけようとしたら……開かないんだよ。

「こちら側からお切りください」って書いてあるんだけど、それでも開かない。