教科書には載っていない“本当の歴史”――歴史研究家・跡部蛮が一級史料をもとに、日本人の9割が知らない偉人たちの裏の顔を明かす!

  九州で熊襲(くまそ)を討ち、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を振るって東国を平定――倭建命(ヤマトタケルノミコト)(日本武尊ともいう)は紛れもない日本最古の英雄だ。

 果たして実在の人物なのだろうか。まず、『古事記』に基づき、その活躍を再現していこう。

 建命は第12代景行天皇の子で実名を小碓命(おうすのみこと)という。

 天皇がなかなか出仕して来ない同母兄を説得するように命じたところ、建命は厠から出て来た兄を捕らえ、手足をもぎ取って菰(こも)に包んで投げ捨ててしまう。天皇はその気性の荒さを恐れ、九州の熊襲(熊曾)征伐を命じる。

 彼が少女に扮して熊曾建(タケル)兄弟の邸に乗り込むと、二人の兄弟はあっけなく討たれるのだが、弟は殺される直前、建命の勇猛さを讃え、みずからの名の一字(建)を献じ、小碓命あらため、ここに倭建命が誕生する。

 天皇は熊襲征伐から戻った建命にこんどは東国の平定を命じ、彼が伊勢神宮に奉仕する叔母の倭比売(やまとひめ)命の元に立ち寄ると、「熊襲の次は東国を征服しろと仰る天皇は、私なんか死んでしまえと思ってらっしゃるのでしょうか」と嘆き悲しむものの、叔母から草薙剣などを授かり、東国へ向かう。そこからはピンチの連続。